治療の手がつきたと言われても、あきらめるのはまだ早い

取材・文:松沢 実
発行:2004年10月
更新:2013年4月

耐性のついた急性前骨髄球性白血病や多発性骨髄腫にも効く

急性前骨髄球性白血病や多発性骨髄腫を再発させたときの治療薬として、個人輸入が増加しているトリセノックス(一般名三酸化ヒ素)も未承認薬である。

急性前骨髄球性白血病はM0~7までの8種類の急性骨髄性白血病の1つで、4年前(2000年)に急死した「ミスターK1」ことアンディ・フグの死亡原因となった。白血球の元になる造血幹細胞がそれになる前の途中段階(前骨髄球)でストップし、前骨髄球が無秩序に増え続ける白血病だ。脳出血や消化管出血などの致命的出血を招く播種性血管内凝固症候群(DIC)を伴うが、DICが起こる前にすみやかに活性型ビタミンA(レチノイン酸)の投与を受ければ前骨髄球は消失(完全寛解)することから、もっとも治りやすい白血病としても知られている。

「前骨髄球の消失をもたらすのは、レチノイン酸によって造血幹細胞から白血球への移行が再開し、成熟した白血球へ変化するからです。これを分化誘導療法といいます」(増田さん)

しかし、急性前骨髄球性白血病を再発させたときは、あまりレチノイン酸による分化誘導療法は効かない。再発後の前骨髄球に耐性がつくられ、再び完全寛解を得られる患者は20パーセント以下にとどまるが、その限界を突き破ったのがトリセノックスにほかならない。

「トリセノックスはレチノイン酸と同様に前骨髄球の分化を促し、正常な白血球へ成熟させる働きを有します。その分化誘導療法によって再び完全寛解がもたらされ、根治へ導くことも可能になったのです」(増田さん)

セル・セラピューティクス社(アメリカ)によって開発され、4年前(2000年)にFDAから再発急性骨髄球性白血病の治療薬として承認された。

治療手段の尽きた患者の半数以上に奏効

トリセノックスは再発を繰り返し、治療方法が限られた多発性骨髄腫に対しても有効だ。多発性骨髄腫は骨髄の形質細胞ががん化して無秩序に増殖すると同時に、異常な抗体が大量につくりだされる血液腫瘍である。いまのところ根治は難しく、再発を繰り返していくうちに治療手段の尽きてしまう患者がほとんどだが、トリセノックスによる新たな治療法が加わり多発性骨髄腫の患者に大きな希望を与えている。

「アメリカにおける臨床試験では、再発したが、抗がん剤が効かない多発性骨髄腫患者24人にトリセノックスを投与したところ、そのうち8人の患者の異常抗体が25パーセント以上減少し、8人の患者の病状の安定がはかれました。いずれも治療手段の尽きた患者ばかりなのに��24人中16人(67パーセント)の患者に奏効したというのは驚くべきことです」(増田さん)

トリセノックスはがん細胞にアポトーシス(自然死)を起こさせる作用があるとされる静注薬だ。副作用としては乾燥肌や痒み、紅斑等の皮膚症状や、吐き気や嘔吐などの消化器症状、肝機能障害や不整脈、手足の痺れなどの神経障害などがある。

「トリセノックスは有毒なヒ素の一種です。投与する際は血中濃度を測定・管理できる専門医から投与を受けねばなりません」(増田さん)

日本でも治験が行われ、間もなく承認・発売されるとの話もあるが、それを待てない患者も少なくない。

高い費用を払わなくても未承認抗がん剤を入手できる!

実は、世界標準のがん治療薬を入手する方法は個人輸入だけではない。欧米には治験中の未承認抗がん剤を入手できる「未承認薬の人道的供給システム」が確立されており、それを利用するという手もある。

寺岡章雄さん

医薬情報センターあさひの寺岡章雄さん

藤巻高光さん

帝京大学病院脳神経外科助教授の藤巻高光さん

「アメリカではFDAに認可される前の未承認薬を使用する最善の方法は、臨床試験に参加することです。しかし、通常、臨床試験への参加は、未治療などさまざまな条件がつけられています。その条件をクリアできず、臨床試験に参加できない治療法の尽きた患者に未承認薬を供給しようというのが『人道的供給システム』なのです」

と「医薬情報センターあさひ」の寺岡章雄さん(薬剤師)は説明する。

まず開発・製造元の製薬メーカーの了解を得て、医師がFDAに1例のみの治験薬申請の形で未承認薬の入手をファックスか郵送で申し込む。FDAの許可が得られたら、開発元の製薬メーカーから医師へ未承認薬が届けられる。

実際、帝京大学医学部付属病院の藤巻高光さん(脳神経外科助教授)は、悪性グリオーマの未承認薬テモダール(一般名テモゾロマイド)を、開発元の米製薬メーカー(シェリング・プラウ)の日本支社担当者の協力を得ながら米本社から取り寄せている。

「嬉しいのはテモダールの薬代が無料となり、通関手数料や運送費のみの数万円の費用で入手できることです」(藤巻さん)

ただし、米国に申し込んでから、テモダールが届くのに約2カ月半を要する。1~2週間で入手可能な個人輸入と比べると時間を要するのが難点だ。

「未承認薬の人道的供給システム」を活用しているのは帝京大学医学部付属病院だけではない。

「埼玉医科大学付属病院(埼玉)や北野病院(大阪)など、他の病院でも行っています」(藤巻さん)

ヨーロッパ各国においても、同じような「未承認薬の人道的供給システム」が確立されている。事実、肺がんの分子標的治療薬イレッサ(一般名ゲフィチニブ)が世界で最初に承認されたのは2002年7月(日本)だが、その前でも同システムを活用しイギリスのアストラゼネカ本社からイレッサを無料で入手していた患者と家族は少なくない。

「ヨーロッパでは欧州連合(EU)がごく最近、『医薬品についての欧州政策』を策定しましたが、これには『治療方法の尽きた患者には、正式の承認に先立ち、未承認薬の人道的供給が保障されなければならない』と明記されています。すでに未承認薬の人道的供給システムへの幅広い国民的支持がバックボーンにあるからです」(寺岡さん)

抗がん剤の個人輸入を管理している厚生局

問題なのはこうした人道的供給システムの存在を知りながら、日本のがん患者に公表するのをためらい、意図的に隠そうとする欧米製薬メーカーの日本支社や提携先の日本の製薬会社が少なくないことだ。新薬承認の権限を一手に握る厚生労働省の神経を逆なでしたくないというのがその理由のようだが、国民の健康を守るという製薬会社の社会的責任をまっとうしているとは言い難い。

世界標準のがん治療薬が未承認のまま放置され使用できないという現実の前に、途方に暮れるがん患者と家族が後を絶たない。未承認薬の個人輸入だけでなく、欧米の「未承認薬の人道的供給システム」の活用が望まれるとともに、近い将来、日本でも幅広い国民的支持の下にそうしたがん患者のためのシステムの創設が強く求められている。

どの治療法を提示できるかでその医師のレベルが判定できる

Aランク:世界の最新治療法を熟知し、実際に行える医師

Bランク:世界の標準的な治療法を知っており、実際に行える医師

Cランク:日本の最新治療法(治験も含む)標準的な治療法共に熟知している医師

Dランク:日本の標準的な治療法を行える医師

Eランク:日本の標準的な治療法ですら理解できていない医師

  大腸がんの場合 膵・胆嚢がんの場合
Aランク エルビタックス
アバスチン     などを併用
アドベキシン
ビルリジン  エルビタックス     などを併用
アバスチン  ドキシル
Bランク エロキサチン+5-FU
エロキサチン+ゼローダ
ジェムザール+5-FU  カンプト+5-FU
エロキサチン+ジェムザール
ジェムザール+ゼローダ        など
Cランク カンプト  5-FU  アイソボリン
カンプト+TS-1
ジェムザール+TS-1
カンプト+TS-1
Dランク 5-FU  アイソボリン
UFT   ユーゼル
ジェムザール単独
TS-1単独
Eランク UFT、フルツロンの
5-FU系経口剤のみ
UFT、フルツロンの
5-FU系経口剤のみ
今井貴樹監修「癌の最新治療とセカンドオピニオン」より


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