食道がんの薬物療法が大きく動いた! 『食道癌診療ガイドライン2022』の注目ポイント

監修●加藤 健 国立がん研究センター中央病院頭頸部・食道内科長
取材・文●菊池亜希子
発行:2023年1月
更新:2023年3月


術前治療は全身強化か局所強化か

薬物療法の進化は、切除不能の進行再発がんだけでなく、術前化学療法、さらに術後補助療法にも訪れています。

(ガイドライン推奨文)
「cStageⅡ、Ⅲ食道癌に対して手術療法を中心とした治療を行う場合、DCF3剤併用術前化学療法を強く推奨する」(エビデンスの強さA)

「長年、CF療法が標準治療だった術前治療にも変化がありました。CF療法、DCF療法(CF療法+タキソテール)、CF療法+放射線治療の3つの術前治療を比較する『JCOG1109試験』が10年間行われてきました。その結果がようやく示され、日本ではDCF療法が明らかに全生存期間を延長したのです。これを受けて、日本での術前の標準治療はCF療法からDCF療法へ変更されました」

術前のCF療法については効果が乏しく、以前から強度を高める必要性が求められてきました。その方向性を明確にしたのが「JCOG1109試験」だったのです。全身への効果を高める抗がん薬追加がよいのか、それとも局所への効果を高める放射線治療の追加がよいのか。そして、日本での結論は、抗がん薬の追加、つまりDCF療法に軍配が上がったわけです。

「実は、海外における食道がん術前治療は化学放射線療法が主流です。ですから、今回の試験結果は日本ならではと言えるでしょう。日本の手術は精度が高いので放射線をしなくても手術だけで十分という側面があります。手術の際に行うリンパ節郭清に関しても、日本では50~100個郭清しますが、海外では20個ほどと日本の半分以下。局所治療として十分の質を、日本では手術で担保しているのです」

「JCOG1109試験」のデータを見ると、DCF療法のみが遠隔転移を抑制できていることが明確に示されています(図1)。

術後補助療法としてオプジーボは保険適用されたが

術後補助療法としては、新たにオプジーボが推奨されました。これは、術後補助療法にオプジーボの有効性を示した海外の『CheckMate-577試験』(日本も少数参加)の結果を受けたものです。

(ガイドライン推奨文)
「cStageⅡ、Ⅲ食道癌に対して、術前化学放射線療法および手術を行い、根治切除が得られるも病理学的奏効が得られない場合、組織型や腫瘍細胞におけるPD-L1発現によらず、術後ニボルマブ療法を行うことを強く推奨する」(エビデンスの強さA)

「『CheckMate-577』は海外メインの試験なので、術前治療は化学放射線治療、そして症例の7割が腺がんでした。扁平上皮がんが圧倒的に多い日本人の食道がんとは、似て非なる集団だった側面が否定できません」と加藤さんは指摘します。

保険の承認申請は第Ⅲ相試験の方式に則って行われるため、この試験を受けての申請の場合、術前化学放射線治療から手術後に完全奏効しなかった症例に対してオプジーボが適応されるのが通常です。ただ、今回は海外と日本の違いなどさまざまな精査が行われ、術前治療の種類に関わらず、食道がんの術後にオプジーボ投与が承認されたのです。

「この形での承認は日本だけです」と加藤さん。こうした経緯によって、日本では術前治療の如何に関わらず、術後補助療法としてオプジーボを使えるようになりました。とはいえ実は、術前DCF療法からの術後オプジーボには、現時点ではエビデンスがないのです。そのため、ガイドラインには以下の記載となっています。

「cStageⅡ、Ⅲの食道癌に対して、術前化学療法および手術療法を行い、根治切除が得られるも病理学的完全奏効が得られない場合、術後ニボルマブ療法については、現時点では推奨度を決定することができない」

つまり、術前DCF療法後の術後補助療法としてのオプジーボは、保険承認はされましたが、ガイドラインでは推奨が決定されていません。今後、日本では、術前DCF療法後の術後補助療法としてオプジーボに効果が得られるかを確認するための試験が計画されているそうです。

「保険承認とエビデンスレベルを含めてのガイドライン推奨は、ある意味、別物であるということです」と加藤さんは説明します。

今後の展望、抗体薬物複合体(ADC)とは?

免疫チェックポイント阻害薬の登場によって、これまでにない進化を遂げた食道がんの薬物療法ですが、さらなる動きはあるのでしょうか。

「1次治療として、現在のキイトルーダ+CF療法に、分子標的薬レンビマ(一般名レンバチニブ)を併用してキイトルーダの有効性を高める第Ⅲ相試験『LEAP-014』が、現在行われています。この結果が出れば、さらに1次治療の選択肢が広がるでしょう」

分子標的薬単独は、以前、部位的に近い頭頸部がんで効果が確認されたアービタックス(一般名セツキシマブ)が検証されましたが、残念ながら効果は得られませんでした。日本人の食道がんの8割以上は扁平上皮がん。「ピンポイントの遺伝子変異をターゲットにする分子標的薬は、あちこちの遺伝子に傷が入った扁平上皮がんとの相性がよくないのではないか」と加藤さんは指摘します。

「逆に、遺伝子にたくさん傷があるタイプは、免疫細胞に見つけられやすい。つまり、日本人の食道がんは免疫チェックポイント阻害薬との相性がいいと思います。今後も食道がん薬物療法の開発は、免疫チェックポイント阻害薬との併用療法が中心になると思います」

将来的には、ADCと呼ばれる「抗体薬物複合体」薬にも期待できるそうです。

「ADCとは、がん細胞の表面に特異的に発現するタンパクにくっつく抗体に抗がん薬をのせた薬剤で、がん細胞に取り込まれて効果を発揮するという機序を持ちます。2020年に、HER2抗体に抗がん薬をのせたエンハーツ(一般名トラスツズマブ デルクステカン)が乳がんで大成功して話題になりました。食道がんにHER2発現はないのでエンハーツは使えませんが、現在、食道がんに特異的に発現するタンパクをターゲットにしたADCが第Ⅱ相試験段階にあります」

Neglected Cancer(無視されてきたがん)と言われ続けてきた食道がんに、ようやく大きな進化の波が訪れています。長い沈黙を破った食道がんの薬物療法が、今後も順調に進展していくことが期待されます。

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