薬物療法は術前か、それとも術後か 切除可能な非小細胞肺がん
術前治療を選ぶ判断材料は
免疫治療なら効果の面では術前のほうが期待できそうですが、デメリットがある以上、現時点では「術前治療のほうがよい」とは断言できません。では、術前治療のメリットが大きいと考えられる患者さんを選び出すことはできるのでしょうか?
「CheckMate-816試験で病理学的完全奏効(pCR)率はオプジーボ群で24%でした。そしてpCRを得られた人と得られなかった人を比較すると、得られた人でDFSは明らかに延長していました。このことから、術前治療で一番メリットを得られるのはpCRを得られた人と言えるでしょう。しかし、pCRは手術で切除した組織でわかるもので、手術前にはわかりません。臨床的背景からそれを予測できるかどうかをサブグループ解析で見ていくと、唯一、PD-L1発現が少し関係ありそうだとわかっています。CheckMate-816試験でも、PD-L1発現が高い人ほどpCR率が高い傾向があり、PD-L1発現1-49%ではpCR率23.5%、PD-L1発現50%以上は45%でした」
とはいえ、「PD-L1発現は十分なバイオマーカーではありません」と大矢さん。現状では、PD-L1発現に、DFSに関連すると考えられる病期や組織型を加えて判断するしかないのでは、とのこと。
術前治療のデメリットは手術不能になる可能性ですが、先述のとおり、Ⅱ期ではオプジーボ群と化学療法群で同等、Ⅲ期でオプジーボ群が化学療法群よりも手術不能は低率でした。
「このことから、病期としては、Ⅲ期肺がんが術前での免疫療法のメリットがとくに大きい集団であると考えます。Ⅱ期は現時点では先に手術がよいと思います」と大矢さんは述べ、さらに続けました。
「ただ、Ⅱ期に関しても術前治療を選んだほうがいい症例もあると考えています。肺の一番近くのリンパ節転移までにとどまる症例がⅡ期ですが、Ⅱ期でも状況によっては肺全摘になるケースもあり、その場合は術後の抗がん薬治療は難しいと予想されるので、術前治療を選択する意義があると思うのです」
これらの判断材料と、患者さんの希望を併せて、術前治療の適応を判断することが大切なようです。
血中のがん細胞由来のDNAから見えること
PD-L1発現、病期、組織型に加え、現在、大矢さんがバイオマーカーとして期待しているのがctDNA(血中に流出したがん細胞由来のDNA)検出によるMRD(微小残存病変)の有無です。
「血液中のがん細胞由来のDNAを測定し、MRDを調べます。MRD陽性なら体内に画像では見えない微小ながん病変が残っている可能性があるということです」と大矢さんは指摘し、さらに続けました。
「現時点でMRDはあくまでも予後因子で、MRD陽性は予後が悪い傾向があることが複数の研究で報告されています。これが免疫治療時代においても予後と関連があるのか、また患者選択に役立つのか、などが今後研究されていくと思います」
今後、MRDが効果予測因子になれば、MRD陽性なら術前に免疫治療を行い、術後に再度ctDNAを測定して、またMRD陽性ならさらに免疫治療……という治療戦略が立っていくのではないかと、大矢さんは期待しているそうです。
EGFR遺伝子変異陽性ならタグリッソ優先
昨年、ADAURA試験の結果を受けて、非小細胞肺がんの術後補助療法として承認された分子標的薬のタグリッソに話を移します。
「ドライバー遺伝子変異陽性に対する分子標的薬治療の効果は非常に高く、DFS(無病生存期間)率も免疫治療とは桁が違います。ADAURA試験結果を病期別に分けた3年DFS率を見ると特徴が明らかで、タグリッソ群ではⅠB期87%、Ⅱ期85%、ⅢA期83%で、どの病期もほぼ同等です。
そもそも免疫治療はEGFR陽性肺がんでは効果が乏しいことがわかっています。しかし、それが明白になっているのは進行期の話であり、周術期は完全には当てはまらないかもしれません。ただ、もしEGFR陽性肺がんに術後補助療法としてテセントリクを投与した場合、再発したときに免疫治療直後のEGFR阻害薬は副作用の観点から懸念があるのです。効果とリスク両面で、EGFR陽性症例では、分子標的薬治療を選択すべきだと思います」(図3)

こうしたさまざまなケースを想定したとき、「手術可能な場合でも、がんと診断された時点で遺伝子検査を実施したい」と大矢さんは指摘します。
「術前オプジーボ併用療法が承認されたCheckMate-816試験では、EGFR/ALK陽性の患者さんは対象外でした。つまり術前治療前に遺伝子検査が行われているのです。また、術前治療でpCRになった場合、手術検体で調べられないので遺伝子情報が得られません。さらに術後のタグリッソも承認されたので、その情報も含めて治療を組み立てることなども考えると、やはり理想的には術前診断時に遺伝子検査をしたいのです」
肺がん周術期、これからの課題
最後に、切除可能な非小細胞肺がんの術前、術後治療について、大矢さんの見解を聞きました。
「免疫治療ならば、原理的には術前がよいと思います。現状ではⅢ期と、個人的にはⅡ期でも肺全摘の可能性がある場合は術前治療の対象になると考えます。一方で、手術不能になる懸念から、今のところⅡ期はまずは手術して術後治療でもよいと思っています。周術期治療における症例選択のさらなるバイオマーカーとして、今後ctDNA測定によるMRDに期待しています」
また、ドライバー遺伝子変異陽性の場合と今後の課題について。
「つい免疫治療に目が行きがちですが、ドライバー遺伝子変異陽性の場合、分子標的薬の効果はやはり圧倒的です。現状、周術期の薬物療法に使える分子標的薬はEGFR阻害薬だけですが、現在、ALK阻害薬なども臨床試験が行われています。今後さらなる細分化が進むのであれば、やはり進行期のように、肺がん診断と同時に遺伝子パネル検査を行うのが理想だと思います。ドライバー遺伝子が陽性であればそれぞれの変異に対応する分子標的薬、陰性ならば免疫治療へ。免疫治療ならば術前か術後かという判断になっていくのではないでしょうか」
同じカテゴリーの最新記事
- 有効な分子標的薬がなかったEGFRエクソン20挿入変異陽性肺がんに ついに承認された二重特異性抗体薬ライブリバント
- 手術後の再発予防に加え、Ⅲ期の放射線化学療法後にも EGFR変異陽性肺がんタグリッソの治療対象さらに広がる!
- PARP阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬に続く トリプルネガティブ乳がんに待望の新薬登場!
- 免疫チェックポイント阻害薬の2剤併用療法が登場 肝細胞がんの最新動向と薬物療法最前線
- 新薬や免疫チェックポイント阻害薬も1次治療から 胃がんと診断されたらまずMSI検査を!
- リムパーザとザイティガの併用療法が承認 BRCA遺伝子変異陽性の転移性去勢抵抗性前立腺がん
- 免疫チェックポイント阻害薬で治療中、命に関わることもある副作用の心筋炎に注意を!
- SONIA試験の結果でもCDK4/6阻害薬はやはり1次治療から ホルモン陽性HER2陰性の進行・再発乳がん
- dose-denseTC療法も再脚光を ICI併用療法やADC新薬に期待の卵巣がん
- 心不全などの心血管の副作用に気をつけよう! 乳がんによく使われる抗がん薬