「過剰検査・過剰治療の抑制」と「薬物療法の進歩」 甲状腺がん治療で知っておきたい2つのこと

監修●杉谷 巌 日本医科大学大学院医学研究科内分泌外科学分野大学院教授
取材・文●柄川昭彦
発行:2023年8月
更新:2023年8月


高リスクがんに対する薬物療法が進歩を続けている

高リスクの分化がん(乳頭がん・濾胞がん)に対しては、甲状腺を全摘する手術を行い、放射性ヨウ素(RAI)内用療法を行い、甲状腺刺激ホルモン(TSH)抑制療法を行いますが、それでも治療効果は十分ではありませんでした。かつては抗がん薬による薬物療法にも期待できませんでしたが、2014年以降は3種類のマルチキナーゼ阻害薬(MKI)が保険で使えるようになりました。

「マルチキナーゼ阻害薬は、複数の標的をもつ分子標的薬といいながら、主に血管新生を抑制するという作用で効果を発揮します。患者さんを選ばないという点ではよいのですが、効果は限定的で、副作用はそれなりにあります。副作用の管理をしっかり行い、細く長く治療を継続することが効果につながります」

甲状腺がんの中で、最も治療が困難なのは未分化がんで、非常に予後が悪いことが知られています(図3)。未分化がんは、甲状腺がん全体のわずか1~2%であるにもかかわらず、甲状腺がんによる死亡の38.5%を占めているのです。

米国のMDアンダーソンがんセンターが、未分化がんに対する治療成績が、近年向上してきたことを発表しています。2000年~2013年の未分化がん患者の全生存期間中央値は0.67年でしたが、2014年~2016年では0.88年に、2017年~2019年では1.31年に延長してきているのです。

「こうした治療成績向上の背景となっていたのが、ゲノム医療でした。甲状腺がんのがん細胞が持っている遺伝子変異を見つけ、それを標的にした薬物療法を行ったことで、治療成績が向上してきたのです。遺伝子変異のないがんには使えませんが、変異のあるがんにはよく効く薬剤が登場してきたのです」

今後の課題は早めの遺伝子検査

甲状腺がんにどのような遺伝子変異があるのか、主なものはわかってきています(図4)。そこで、甲状腺がんで予後が悪そうな場合には、早めに遺伝子検査を行うことが勧められています。遺伝子変異が見つかり、それに対応した薬剤がある場合には、それを使うことができるからです。

ただし、現在のところ、使用できる薬剤は必ずしも多くはありません。

NTRK阻害薬のロズリートレク(一般名エヌトレクチニブ)とヴァイトラックビ(一般名ラロトレクチニブ)、RET阻害薬のレットヴィモ(一般名セルペルカチニブ)のみです。これらの薬剤は保険診療で使用することができます(図5)。

「米国ではBRAF阻害薬も認可されていますが、日本では遅れていて、まだ承認されていません。分化がんでも未分化がんでも、BRAF遺伝子変異は最も多く見られる遺伝子変異なので、BRAF阻害薬の認可が待ち望まれています。また、RAS遺伝子変異もけっこう多くのがんで現れていますが、それに対するよい薬剤がないのも問題です。RAS阻害薬の開発は、今後の課題と言っていいでしょう」

遺伝子変異がない場合には、MSI-HighあるいはTMB-Highにマルチキナーゼ阻害薬に免疫チェックポイント阻害薬のキイトルーダ(一般名ペムブロリズマブ)を併用する治療も行われるようになっています。

「甲状腺がんの薬物療法が進歩し、現在では固有の遺伝子変異を標的とする薬剤が使われるようになっています。そこで、高リスクになりそうな甲状腺がんだった場合には、手術をして病理診断を行う段階で、遺伝子検査も行っておくことが勧められます。現在は、まだそのような仕組みがありませんが、そうした点も今後の課題だろうと思います」

甲状腺がんの治療は、薬物療法の進歩によって、今後も治療成績が向上していくことになりそうです。

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