手術や抗がん薬投与前からの漢方薬服用も有効

監修●林 明宗 神奈川県立がんセンター漢方サポートセンター長
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2015年5月
更新:2015年7月


ホルモン療法に伴う冷えは附子末で克服

表1 乳がん治療による合併症の初診時の主訴

表2 合併症に対し最終的に使用した方剤一覧

症例別に見る。乳がんでは、温存療法に伴って抗がん薬やホルモン薬を使うケースが増えたことから、合併症、とくに更年期障害のような症状に悩まされる患者さんが増加した。林さんが漢方外来を受診した乳がん患者86例(平均49.8歳)を分析したところ、複数回答でホットフラッシュ・発汗を感じたのは87.2%、冷え性が39.5%、精神症状36.0%、全身倦怠感15.1%だった(表1)。

「熱いと訴えるのですが、実際は冷えているのです。免疫のためにも冷えはよくありません。汗が出てたまらないのですが、漢方薬で改善します。男性にもみられますが、訴えてくる方はとても少ないですね」

処方は、気の巡りをよくする補剤の牛車腎気丸などを中心に組み合わせる。

「附子末が効きます。体が温まり、水も吸い出してくれるのでむくみが取れます。血の淀みを取る薬を加えることで治る環境は整います」

表2のような漢方薬(方剤)を使用した結果(多くの場合、2~3剤併用)、無効例はなく、50%以上の改善度は75例(87.2%)だった。

次に、抗がん薬と放射線治療を併用した場合の皮膚のびらんや激痛への紫雲膏しうんこうの効果を見てみる。林さんらは、頭頸部がんでの効果を検証した。

患者さん5例が対象で、5-FU+シスプラチンが4例、TS-1が1例、平均照射線量は65.2グレイ(Gy)だった。いずれもびらんと皮膚痛があったが、ステロイドでは鎮痛効果を示さなかった。紫雲膏を毎日の照射終了後に塗った。

結果は5例ともに80%以上の疼痛症状の改善度が認められ、速い例では2時間で効果が現れた。70歳代の女性では、48Gy終了時に皮膚症状の悪化で6日間放射線治療の中止を余儀なくされた。再開後に皮膚症状が再燃してしまった。ステロイドでは対処できなかったが、52Gy照射日から紫雲膏を開始したところ、鎮痛効果が現れ、70Gyの照射をやり遂げることができた上に、皮膚のびらんも良好に治癒した。

紫雲膏はさらに分子標的薬による手足症候群にも有効とみられ、林さんらがアービタックス、アバスチン、イレッサなど6例で検証したところ、80%以上の改善が3例、50%以上が3例だった(図3)。紫雲膏が手足症候群にも有用と結論した。

図3 紫雲膏により分子標的薬による手足症候群の改善効果が認められた症例

(出典:漢方と最新治療 2013)

5-FU=一般名フルオロウラシル シスプラチン=商品名ブリプラチン/ランダ TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム アービタックス=一般名セツキシマブ アバスチン=一般名ベバシズマブ イレッサ=一般名ゲフィチニブ

気と血の巡りを良くするのが漢方薬の基本

漢方薬について、林さんにまとめてもらった。

「補剤としては、牛車腎気丸、補中益気湯ほちゅうえっきとう十全代補湯じゅうぜんだいほとうなどがあります。患者さんが弱っているなら、四君子湯しくんしとう六君子湯りっくんしとうで慣らしてから入ることも必要です。補剤だけでは不十分で、血の淀みの改善を促進するために、通導散つうどうさん桃核承気湯とうかくじょうきとう桂枝茯苓丸けいしぶくりょうがんなどがあります。これらは女性の更年期障害でも使えます。婦人科の医師にも知って欲しいですね。そして、水を裁く薬(利水剤)である五苓散ごれいさんが基本です。即効性があり、脳腫瘍の治療にも使っています。紫苓湯さいれいとうも効きます」

手術や抗がん薬投与の前からの服用が有効だという。

「治療前から漢方をやっていたほうがいいと思います。院内の各科にも告知しています。予防の評価は難しいのですが、合併症を抑えられているか、軽くなっているという印象があります。手術後の傷の治りがいいということもあります」

患者家族にも漢方による治療を勧めたい

林さんに漢方治療の課題を聞いた。

「他施設からの受診希望者の受け入れがあります。患者さんが希望しても、主治医が漢方を嫌いなことがあります。その場合は紹介状を書いてくれないので、漢方にかかることを〝了承〟するだけでもいいことにしています」

しかし、トラブルのリスクは残るという。漢方で症状が良くなって、一緒に喜んでくれる医師ならいいのだが、それが気に入らない医師もいるのだ。

「患者さんが本流で治療できなくなると困ります。治療を邪魔する気はまったくありません。誤解を解いていかなければ」

最後に漢方サポートセンターの将来について、林さんは「患者さんの家族のケアまで手を広げたいと思っています。患者さん本人が漢方嫌いでも、家族と一緒なら自然に来てもらえるかもしれません」と抱負を語った。

1 2

同じカテゴリーの最新記事