本邦初となる『がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン2016』の内容をひも解く

監修●堀江重郎 順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学教授
文●柄川昭彦
発行:2016年12月
更新:2016年12月


腎機能が低下した場合は 抗がん薬投与量の減量を検討

腎機能が低下した場合の抗がん薬の投与量について、ガイドラインでは抗がん薬全般についてその考え方を記載すると共に、多くのがん種で使われているシスプラチンを中心に検討した。

■抗がん薬全般

「腎機能の低下した患者に対して毒性を軽減するために抗がん薬投与量減量は推奨されるか?」(CQ3)

腎臓は多くの抗がん薬やその代謝物を排泄する働きをしているため、腎機能が低下すると、排泄されるべき抗がん薬や代謝物が体内に残り、毒性が増強されてしまうことがある。そこで、腎機能が低下した患者に対して、有害事象のリスクが高まる薬剤では投与量を減量することが推奨されている(表3)。ただし、治癒を目指した治療の場合には、抗がん薬による有害事象というリスク(不利益)と、がんが治癒する可能性が高まるというベネフィット(利益)を考慮し、最終的に投与量を決める必要がある。

推奨グレードは②「行うことを弱く推奨する(提案する)」となっている。

表3 腎機能低下時に注意が必要な抗がん薬の例

■白金製剤

「シスプラチンの分割投与は腎障害の予防に推奨されるか?」(CQ5)

分割投与することが腎障害の予防に役立つことは、これまで報告されていない。したがって、分割投与は勧められない。推奨グレードは④「行わないことを強く推奨する」である。

「シスプラチン投与時の補液(3L/日以上)は腎障害を軽減するために推奨されるか?」(CQ6)

シスプラチンなどの白金製剤は、腎臓から排泄されるタイプの抗がん薬で、腎毒性が強いことが知られている。そのため、シスプラチンは開発段階から補液を含む支持療法が行われてきた。補液を行わない場合と比較したランダム化比較試験といった質の高いエビデンスはないものの、シスプラチン投与時の補液は、推奨グレード①「行うことを強く推奨する」とした。

「シスプラチン投与時のショートハイドレーションは推奨されるか?」(CQ7)

シスプラチンを投与する場合、通常は投与前後にそれぞれ4時間以上かけて1,000~2,000mlの補液を投与し、500~1,000ml以上の輸液で希釈したシスプラチンを2時間以上かけて投与する。ただしこの場合、入院が必要になる。外来で治療するために考案されたのが、2,000~2,500mlの補液を4時間で投与するショートハイドレーションである。この方法は、腎機能、PS(全身状態)、年齢を考慮して行う必要がある。

ショートハイドレーションを安全に実施するには、十分な水分を経口摂取でき、十分な量の排尿ができることが条件となる。口から十分に水分を摂れなくなった場合、すぐに点滴による水分補給ができる環境が整えられていることも必要である。推奨グレードは②「行うことを弱く推奨する(提案する)」である。

「維持透析患者に対してシスプラチン投与後に薬物除去目的に透析療法を行うことは推奨されるか?」(CQ14)

シスプラチン投与後にたとえ透析を行ったとしても、組織やタンパクに結合しているシスプラチンの大部分は体内に残り除去されないことから、薬物除去を目的として透析療法を行うことについては、推奨グレード③「行わないことを弱く推奨する(提案する)」となっている。

血管新生阻害薬、ビスホスホネート製剤使用の際にも注意が必要

他にも腎機能低下時に注意が必要な薬剤について、ガイドラインでは検討している。

「血管新生阻害薬投与時にタンパク尿を認めたときは休薬・減量が推奨されるか?」(CQ12)

血管新生阻害薬(アバスチン、スーテント、ネクサバール、インライタ)の有害事象は、細胞障害性抗がん薬とは異なっていて、タンパク尿は高血圧と並ぶ代表的な有害事象である。グレード1のタンパク尿が出たときは、治療を継続した場合のリスクとベネフィットを検討し、治療を続けるかどうかを判断する。ただし、グレード2以上のタンパク尿が出た場合には、投与量の減量や休薬を行うことが勧められる(表4)。推奨グレードは①「行うことを強く推奨する」である。

表4 タンパク尿を認めたときに休薬・減量が検討される血管新生阻害薬の例

「ビスホスホネート製剤、抗RANKL抗体は腎機能が低下した患者に対しては減量が推奨されるか?」(CQ13)

骨転移などの治療に用いられるビスホスホネート製剤(ゾメタ、アレディア)では、有害事象として腎障害が起こることがある。もし、腎機能が低下した場合には、投与量を減量することが推奨されている。

骨転移の治療では抗RANKL抗体(ランマーク)が使われることがあるが、有害事象として腎障害はなく、腎機能に応じた用量の調節は必要ないとされている(表5)。

推奨グレードは①「行うことを強く推奨する」である。

表5 腎機能低下患者に対するビスホスホネート製剤、抗RANKL抗体の投与量

アバスチン=一般名ベバシズマブ スーテント=一般名スニチニブ ネクサバール=一般名ソラフェニブ インライタ=一般名アキシチニブ ゾメタ=一般名ゾレドロン酸 アレディア=一般名パミドロン酸 ランマーク=一般名デノスマブ

ガイドラインは活用されて初めて意味を持つ

このガイドラインは2016年版となっているので、今後改訂され、さらに充実したものになっていく可能性がある。

「今回のガイドラインが対象としているのは、基本的にはがんの薬物療法による直接的な腎障害です。長期的に生存しているがん患者さんの中には、他の原因による腎障害を持っている人もいますが、それは対象としていません。また、今回は成人の患者さんが対象で、小児の患者さんは対象となっていません」

これらの点については、今後に期待することになる。

「診療ガイドラインは日常臨床で活用されて初めて意味を持つ」と、堀江さんはガイドラインの『序文』に記している。広く使われることで、がん薬物療法の効果が向上し、患者のQOLが高まることを期待したい。

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