フローズングローブの着用で障害が軽減し、QOL向上、治療も完遂 対策はある! 抗がん剤治療による爪障害のケア
抗がん剤投与時に手を冷却
このような爪障害への対策が急務だと考えていた小林さんは、2004年にASCO(米国臨床腫瘍学会)で発表された「”フローズングローブ(冷却手袋)”の使用により、爪障害の発生率を有意に改善させた」というフランスのスコット医師の報告に着目し、日本の患者さんにも応用できないかと考えました。 “フローズングローブ”とは、ジェル状の保冷剤を使用したスポーツ用のアイシング用品で、マイナス30度で冷却可能な冷凍庫に3時間以上保存してから使います。
保冷剤はグリセリン主体のジェルなので、一般の保冷剤のようにカチカチに凍結せず、お菓子のグミに似た弾力のある柔らかな感触です。はめるとずっしりと重みを感じますが、過度な冷感がなく、ソフトな感触のまま装着できるのが利点です。
小林さんは、2006年に同型の”フローズングローブ”をアメリカから輸入し、看護師の立身さんたちとともに、化学療法を行う乳がんの患者さんたち(希望者)に試してみたところ、よい結果が得られました。その後、足の指の爪の障害に対しても有効であることが報告され、”フローズンソックス”も導入されました。
実際の手順は、抗がん剤の投与時に、ベッドにあおむけに寝た状態で、両手にポリ手袋、布手袋をはめ、その上にフローズングローブをはめます。抗がん剤(タキソテール)の投与時間60分とその前後15分ずつ、のべ90分間冷却します。
「冷却温度をキープするように、45分で1回交換します」(立身さん)
「抗がん剤の血中濃度は、点滴を始めてから急激に高まり、終了後1~2時間で約10分の1程度になるので、そのタイミングに合わせて冷却を行うのがポイントです」(小林さん)
フローズングローブを取り入れてからは、爪障害が原因で抗がん剤を中止するケースが減ったといいます。じつはフローズングローブの初着用者は、再発乳がんを治療中の立身さんのお母さんでした。タキソテール26クールの途中でフローズングローブが輸入されたため、16クール目から着用を開始し、その後抗がん剤治療を続��ながら冷却法を行ったところ、爪障害は現れたものの、感染を起こすこともなく無事に経過。現在も治療を続けながら元気に過ごされています。
それにしても、なぜフローズングローブをはめて手を冷却すると、爪障害の対策になるのでしょうか。
「抗がん剤の点滴中に氷をなめて口の中を冷やす口腔冷却法(クライオセラピー)は、すでに口内炎の予防法として確立されています。それとほぼ同様の意味合いで、手を冷却して末梢血管を収縮させると血流が減少し、爪への抗がん剤の到達量が減少し、抗がん剤が爪に作用しにくくなると考えられます」(小林さん)




冷却法で爪障害の症状が軽減

[化学療法中のフローズングローブの完遂率]

小林さんと立身さんたちのチームでは、フローズングローブで手を冷却した人としなかった人の爪障害の発症やグレードを比較した結果を、日本癌治療学会の学術集会などで3回にわたって発表しています。
2007年の3月から2009年の3月までの間に術前化学療法を受けた患者さんを対象に、フローズングローブによる冷却法を行った群(14名)と行わなかった群(14名)の爪障害の発生状況を比較した結果、装着しなかった群は、中等度の障害(グレード2)が43パーセント、軽度の障害(グレード1)が57パーセントと、中等度の障害が4割強を占めていたのに対し、装着した群は、中等度(グレード2)が7パーセント、軽度(グレード1)が93パーセントで、装着した群のほうが障害の程度が軽いことがわかりました。
「フローズングローブで冷却する方法で、爪障害の発現率と症状の改善、または遅延が期待できます。冷感、拘束感などから着用を中止した人は少なく、88パーセントの方が完遂できました」(小林さん、立身さん)
零下30度の冷凍庫で冷却しても、皮膚温は7度以下にはならないので、凍傷になることはほとんどないそうですが、血管の病気がある人、高血圧の人、血圧のコントロールができていない人などは避けて行っているそうです。
「爪の障害を完全に防ぐことは難しいのですが、発現時期を先に延ばせるだけでも、効いている抗がん剤を中止することなく治療を完遂でき、治療効果を上げることができます」(小林さん)
障害された爪の保護には?
このような冷却法を採用している病院は少しずつ出てきているようですが、病院以外で、家庭などでも応用はできないのでしょうか。
「同型のフローズングローブはインターネットで簡単に購入することができます。家庭では零下30度に冷却することは難しいでしょうが、冷凍庫で最大限冷却して、抗がん剤投与当日または翌日、できる範囲で手を冷やすことで、症状の緩和や遅延が期待できるかもしれません」(小林さん)
「フローズングローブ」または「Elasto-Gel」で検索すると、入手方法等の情報が得られます。
さて、すでに爪障害の症状が進んでしまった場合の対処法を、立身さんは次のようにアドバイスしています。
「爪がはがれてしまった場合、創傷治癒効果のある厚さ2ミリ程度のドレッシング剤(コムフィールなどの褥そう用の皮膚保護材)を貼ると、新しい爪が生えてくる可能性があります。まだわずか1例で、発生機序などもわかっていませんが、ある患者さんが貼ってみたら、実際に新しい爪が生えてきました。市販のもので、絆創膏の内側にコムフィールが貼ってある”BAND-AIDキズパワーパッド(発売元ジョンソン&ジョンソン)”で代用するのも1つです」”BAND-AIDキズパワーパッド”は一般の薬局で入手できます。
このほか、医療に理解のあるネイリストを探して、爪の上に何層にもジェルネイルを塗り重ねて爪を形成している患者さんもいます。
「爪が障害されて凸凹していると付け爪はつけられないので、刺激のないジェルネイルを塗り重ねるのはよいと思います。ただ、感染しているときは、お勧めできません」(立身さん)
爪の傷が化膿しているときは、抗生剤入りのステロイド剤を塗布し、抗生剤を服用することもあります。主治医か皮膚科医などを受診して、薬剤を処方してもらいましょう。
抗がん剤治療の継続に不可欠
「爪障害に限らず、副作用対策を講じることは、患者さんのQOLの向上だけでなく、効果のある抗がん剤治療の遂行性を高めることにより治療効果を増強し、長く元気に過ごすためにも欠かせません」と小林さんは強調します。
同科の調査では、タキソテールを1年以上長期投与し、終了した16症例の中止理由を調べたところ、抗がん剤が効かなくなってやめたのは5人(32パーセント)、11人(69パーセント)は、抗がん剤は効いているのに副作用に耐えられず中止していたのです。
「副作用が軽減できれば、患者さんの苦痛や抗がん剤に対する嫌悪感を減らすことができます。抗がん剤のマイナスイメージから受診や治療をためらったり、抗がん剤の中止によってみすみす命を縮める不幸を減らせます。医療者の側にも、抗がん剤の副作用はあって当たり前という風潮がまだあるようですが、有効な抗がん剤の治療遂行性を高め、治療効果を上げるためにも、抗がん剤の副作用すべてについて、有効な副作用対策を行っていく努力が必要でしょう」(小林さん)
このように、副作用に積極的に対処する医療者が増えていけば、患者さんの苦痛は減り、抗がん剤治療を持続するパワーも湧いてくるのではないでしょうか。
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