高齢がん患者の治療選択に役立つ 包括的な機能評価ツール

監修●長島文夫 杏林大学医学部内科学腫瘍内科准教授
取材・文●池内加寿子
発行:2015年12月
更新:2019年7月


がん患者向けに開発されたCSGAで 高齢者のリスクを評価

海外では、「老年腫瘍学会」があり、高齢者のがん治療にも「CGA(総合的高齢者機能評価)」という概念が取り入れられるようになってきた。高齢者の身体機能、認知機能、精神面の機能などの評価を行うための様々なツール(「G8」「VES-13」「CSGA」などの質問票)が用いられ、検討が始まっている。

高齢のがん患者を対象に開発された「G8」は、「食事量が減少したか」「自力で歩けるか」「認知障害やうつ状態はあるか」「1日に4種類以上の薬を飲んでいるか」など、8問の質問項目で構成されている(表1)。

表1 包括的な機能評価ツール G8

G8原版をもとにし Mini Nutritional Assessment (MNA®)日本語版より項目を引用

また、一般の高齢者向けに米国で開発された「VES-13」はさらに「家事」や「入浴」「重いものを持ち上げる」「つまむ」などの行為が難しいかどうかといった質問項目が13問ある。いずれも5分程度で答えられる簡便なものだ。

さらに、2011年に米国でがんの患者向けに開発された「CSGA」は、ADL、使用薬剤、合併症、認知機能、栄養、体重減少、社会的支援などの多岐にわたる質問項目で構成され、より詳細にリスク評価ができる。

そのため、長島さんは「CSGA」の日本語版を作成し、実際に65歳以上のがん患者22人を対象に実施したところ、9割以上の患者が自力での入力が可能であり、日本でもタブレット端末を使って実施できることを確認した。

「ただ、G8やVES-13は5分程度で簡単に答えられるのに対して、CSGAは、質問項目が多く、また、患者さんが3m歩いて戻ってくるまでの時間を医療者が測るなど、患者さんにも医療者にもやや負担が大きい面があります。そこで、まずG8やVES-13でスクリーニングをして、ADLや認知機能などが低下している虚弱(フレイル)の可能性が高い方を対象に、CSGAでより詳細な評価をすることを提案しています」

フレイルとは、加齢に伴い、身体機能、精神機能、社会的機能の低下がみられる状態のことをいう。一般的な診察だけでは、ADLや認知機能などを見落としてしまい、フレイルの患者に過剰な治療を行ってしまう懸念がある。どの程度の点数ならフレイルとされるかなど、カットオフ値(境界値)はまだ決まっていないが、今後研究を重ねる中で明らかにしていくそうだ。また、高齢者の臨床試験を行うときの基準としても、これらのリスク評価が必要になるという。

治療の止めどきを判断できる可能性も

杏林大学病院の腫瘍内科では、受診するすべての患者を対象に、G8とVES-13を合体させた独自の質問票でスクリーニングを行い、さらに注意点が多い患者にはCSGAでリスク評価をしている。実際に、直腸がん再発の患者で、高齢者機能評価を継続して実施した症例を紹介しよう。

●男性(73歳)

脳梗塞、心筋梗塞、胃潰瘍などの既往歴があり、高血圧・糖尿病で内服中。直腸がん(ステージⅢ(III)a)の手術を受け、補助化学療法を行うが、肺転移、局所再発を来した。高齢者機能評価を実施しながら切除不能大腸がんとして化学療法を開始。

[治療経過]

ゼローダ単剤を減量(1,500㎎)で開始。1カ月後から標準治療であるXELOX療法(ゼローダ+エルプラットの併用療法)に変更。10コース施行、直後の2日後に急変し、死亡。

図2 CSGAスコアの例(男性73歳/直腸がん再発)

ゼローダ単剤

この患者の機能評価の変化が図2である。化学療法中のADLやMMSEは良好だったが、3回目の機能評価(9カ月を過ぎた時点)で、ADLの低下が疑われるデータが得られた。しかし、担当医は治療を止める判断をしていない。この症例から、評価項目の点数の上下を追跡することで、「治療の止めどき」を判断できる可能性があると考えられる。

ゼローダ=一般名カペシタビン エルプラット=一般名オキサリプラチン

治療状況を収集して 意思決定支援につなげる

図3 高齢期のがん医療に関連する項目

厚生労働省のがん対策推進協議会は、2015年6月、今後のがん対策で推進が必要な項目の1つに「高齢期のライフステージに応じたがん対策」をあげた。

長島さんは、「高齢者のがん治療法の確立のほか、費用対効果の観点からの政策検証、意思決定支援や認知症対策を行いながらのがん治療など、同時並行して取り組まなければいけないテーマがたくさんある」という(図3)。

「現在、院内がん登録とDPC(包括医療費支払い制度)を組み合わせることで、全国のがん拠点病院の『何歳のがん患者さんがどのような治療を受けたか』を収集する研究も進めています。例えば、Ⅳ(IV)期の胃がん患者さんの化学療法は、シスプラチンは75歳で急激に減り、TS-1 は80歳ぐらいから減っています。こうしたデータを収集すれば、高齢がん患者さんの意思決定支援につながると考えます」

今後の研究の進化と成果が期待される。

シスプラチン=商品名ブリプラチン/ランダ TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム
院内がん登録/DPCからみる年齢別化学療法 国立がん研究センターがん対策情報センターの資料より

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