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まず、本人の意向を大切に!認知症患者のがん治療
「頼みの綱は家族」だが、現実には難しい状況も
医師が認知症と診断し、薬物療法の必要性があると判断した場合には、認知症治療薬(*アリセプト、*レミニールなど)が処方される。幸い、これらの認知症薬ががんの治療に悪影響を与えたり、抗がん薬との相互作用などで問題が起きる可能性は少ないという。抗うつ薬なども必要に応じて処方してもらえる。
ただし、「認知症を重症化させない取り組みで一番重要なことは、本人の活動レベルを下げないよう、楽しく元気に過ごす、外出する、活動することです。認知症の人は実行機能(自分で段取りをして動く機能)が衰えるので、家にこもりがちになります。その結果、筋力が低下し、転びやすくなり、食欲も低下するなど悪循環にはまってしまうのです」
こうした日常生活の維持はもちろん、治療に伴う判断や服薬管理、副作用のケアなどについても、「頼みの綱は家族」だ。しかし、これが案外難しいという。患者は家での療養を望むが、家族が十分な介護力を持たないこともある。最近は「認知症の妻を世話していた夫ががんになったが、介護を休めず治療ができない」といったケースも増えている。息子夫婦と同居と思ったら、共稼ぎのため日中独居だったということもあったそうだ。
「家族と医療者の連携は、患者さんの痛みのケアにおいても大切です。認知症の人にとって、痛みを伝えることは高度の判断能力が必要なため、うまく伝えられなくなります。そのため、痛みを訴えられない人は、放置されていることが多い。では、周囲の人は本人の痛みをどうやって知るかというと、1つは表情や行動です。怒りっぽい、けだるそう、イライラしているといった形で出る場合もあります。痛みで落ち着かないのに、周りにうまく伝えられずに、家族とトラブルになることもあります。もう1つは自律神経の反応です。血圧が上がる、脈が速い、冷や汗をかくなどの生体防御反応で痛みに気づくこともあります」
最近は痛みを評価するスケールもいろいろ作られているが、認知症が進むとそれも難しくなるという。その場合は言葉を使う。「とてもひどい」「ひどい」「少しひどい」といった言葉でどれくらいの痛みを表すか、早い段階から患者、家族、医療者と共有する。それにより、痛みの、ひいては認知症の重症化が防げるという。
*アリセプト=一般名ドネペジル塩酸塩 *レミニール=一般名ガランタミン臭化水素酸塩
一見判断できない患者でも、「あくまで本人の意向」
認知症の患者のがん治療の決定は、どのように行うのだろう。
「最近は終活などと言われ、自分の終わりは自分で決めるという考え方が強くなっています。実際、生命に関しては本人の意向を家族は判断できないとも言われています。つまり、『本人の意向が第一』という基本に立って、条件を整えることを考えます」
例えば、治療の意思決定のときには、その治療を選択した理由や、治療後に自分の生活がどう変わるかなどについて、患者に自分の口で説明してもらう。家族の同席を求める、絵に描く、ポイントを表にするなど、理解力を高めるサポートを何度も行い、本人が理解したと思われる時点で治療選択してもらう。一見判断できないような場合でも、丁寧な説明や図を使うなどのサポートをして可能な限り本人が判断できるようにする。
英国では、「本人だったらこうするだろう」と、その人らしい生き方を推定する方法(ベスト・インタレスト)が法制化されているが、「代理人が本人の意向を反映していない」と疑われる事例が15%にも達しているという。どこの国も試行錯誤している段階のようだ。
「日本には何のルールもなく、『とりあえず』『何となく』で終わっている。現場はそれが一番困るのです。代理決定人も日本にはまだ法的な支援体制がありませんが、こういう人を決めておくのは1つの方法だろうと思います」
最近、可能性が注目されているのは、アドバンス・ケア・プランニング。患者が主治医や医療チームと自分の価値観についてじっくり話し合い、自分が判断できなくなったときにはこれをもとに判断して欲しいという希望を共有する方法だ。日本では取り組んでいる病院はまだ少ないが、米国ではすでに法制化もされているという。
認知症薬を飲みながらのがん治療が当たり前に
がん治療の現場に限らず、「認知症に対する理解も対策もまだ端緒についたばかり」という小川さんの指摘は、残念ながら間違いない。東病院でも、医療従事者向け教育プログラムの作成を急いでいる段階にある。「セーフパック」というモデル事業も行ってきた。病院の看護師が電話や電子機器タブレットなどを使い、患者の家での様子を定期的に確認するというサポートで、一般化すれば患者には非常にありがたいが、現状では診療報酬がつかないため、システムとして確立される見込みは少ない。
しかし、こうした試みが始まっていることも事実だ。患者や家族は通院している病院で認知症に対応してもらえない場合、認知症に取り組む他院の精神腫瘍科に紹介してもらうのも1つの方法だろう。
最後に小川さんは、「認知症の治療薬は進行を遅らせることができても、止めることはできません。本来、家族もふくめた全人的サポートは、認知症にこそ提供されるべきなのです。海外では緩和ケアの対象ががんから認知症に移りつつあるほどですが、日本は非常に遅れています。しかし、認知症治療薬を服用しながら、がん治療を行うことを不思議とは思わなくなった。それは大きな変化だと思います」と締めくくった。
認知症を悪化させる「せん妄」に注意!
70歳以上の高齢者が入院すると、通常でも3割くらいの人にせん妄が出るという。これが認知症の人では7割に出て、そのせん妄を放置しておくと認知症も悪化してしまう。さらに、抗がん薬がせん妄を引き起こすこともあるという。がんと認知症とせん妄には、密接なつながりがあるのだ。
せん妄というと幻視や妄想を想像しがちだが、これらが発現するのは30~40%で、それ以外の症状のほうが圧倒的に多いという。具体的には、じっとしていられない焦燥感や不安、怒りっぽい、急に泣くといった気分の変動など。
小川さんはいう。「入院時には典型的なパターンが見られるので、比較的気づきやすいです。夜、点滴を抜いてしまう、家に帰ると言って騒ぐ、夜中に起き上がって転倒・転落するといった行動の8割くらいには、せん妄が関係していると言われています」
背景には体の変調がある。一番多いのは脱水、次に多いのは薬剤という。❶鎮痛薬のオピオイド、❷睡眠導入薬や抗不安薬として知られるベンゾジアゼピン系の薬、❸副腎皮質ホルモンのステロイド、そして❹H2ブロッカー(受容体拮抗薬)などがせん妄を引き起こすことがある。 とくに注意が必要なのは④のH2ブロッカー。市販の胃薬(ガスターなど)にも使用されている。手術のあとにはせん妄が出やすいが、経過は順調なのに1週間たってもせん妄が消えないときなど、調べてみたらストレス潰瘍予防でこの薬が処方されていたことも少なくない。
せん妄は認知症と異なり、一種の意識障害なので、背景となる体の治療を行う必要がある。脱水なら水分を補給し、薬なら原因となる薬剤を止めるか減らす。そうすれば、症状は確実に改善する。治療薬として抗精神薬が使われることもある。がん治療をスムーズに進めるためには治療を適切に行い、せん妄を早めに改善することが重要だという。
医療現場でもまだまだ十分知られていないのは認知症と同じだが、国立がん研究センター東病院では現在、せん妄対策に力を入れているという。
「せん妄は予防が大事。まず教育プログラムを組み、東病院の全看護師に研修を受けてもらいました。その結果、東病院ではリスクとなる薬剤が使われる頻度が減りました。また、退院時のADL(日常生活動作)が低下しなくなりました」
患者さんに思い当たる変化・症状が見受けられたら、主治医に相談していただきたい。