高齢者のがん治療をどのように進めるか 新たな指針『高齢者がん診療ガイドライン』

監修●石黒 洋 埼玉医科大学医学部国際医療センター乳腺腫瘍科教授
取材・文●柄川昭彦
発行:2023年9月
更新:2023年9月


「高齢者機能評価」とは?

高齢の患者さんの状態を把握するために行われるのが「高齢者機能評価」(GA)です。次のような3つの側面から患者さんの状態を評価していきます。

●身体的側面……ADL(日常生活動作)、IADL(手段的日常生活動作)、転倒、歩行機能、合併症、栄養状態、薬剤使用状況
●精神・心理的側面……認知機能の障害、抑うつ
●社会・経済的側面……生活状況、ソーシャルサポート

「若年層の患者さんであれば、これらの点についてチェックする必要はないでしょうが、高齢の患者さんの場合には、転倒したことがあるか、十分に食事をとれているか、どのような薬をどのくらい服用しているのか、抑うつや認知症はないのか、といったことが治療に大きく関わってきます。さらには、独居であるとか、老老介護であるとか、そういった社会的サポート体制についても、評価しておく必要があります。こういったことを考慮して治療を進めるために、高齢者機能評価が必要になります」(図4)

ガイドラインでは「高齢がん患者に対する治療(薬物療法)に際して、高齢者機能評価を行うことは推奨されるか?」(CQ1)というクリニカルクエスチョンに対する回答が、「高齢者機能評価を行うよう提案する」となっています。

推奨の強さは、1(行うことを推奨)、2(行うことを提案)、3(行わないことを提案)、4(行わないことを推奨)、5(推奨度決定不能)の5段階となっており、2番目の強さの推奨となりました。エビデンスレベルは、A(強)、B(中)、C(弱)、D(とても弱い)の4段階で、Bレベルとなっています(図5)。

「高齢者機能評価を行ったほうがいいのかについて、できるだけエビデンスを集め、委員で議論したのですが、エビデンスの元になる臨床試験が少なかったため、エビデンスレベルは低く、強い推奨も出せませんでした」

実臨床においても、高齢者機能評価はあまり行われていないようです。

「高齢者機能評価を行おうとすると、1人の患者さんに30分から1時間くらいの時間が必要になります。現在でも患者さんがあふれているような外来では、時間をかけて評価を行うのが、実際に難しいのです。それに、診療報酬の対象となるのが入院中の1回に限られています。外来の患者さんでは、時間をかけて評価を行ってもそもそも診療報酬が計上できないの���す」

このガイドラインでは、患者さんになされるべきかどうかという観点だけから、推奨が決められています。行うのにどれだけ時間がかかるか、どれだけマンパワーが必要か、といったことは考慮されていません。

がん薬物療法中もリハビリを行うことを提案

「がん薬物療法中の高齢がん患者に対して、リハビリテーション治療を行うことは推奨されるか?」(CQ2)というクリニカルクエスチョンに対する回答は、「リハビリテーション治療を行うことを提案する」となっています。推奨の強さは「2」、エビデンスレベルは「B」となっています。

「この問題についても、エビデンスを集めて議論しました。高齢者は廃用症候群で筋力が低下しますから、リハビリは行ったほうがいいでしょう。しかし、エビデンスが少ないこともあって、推奨度を1にすることはできませんでした」(図6)

リハビリに関しては、外来治療の患者さんにリハビリを行っても、診療報酬を算定できないという問題もあります。ガイドラインで「行うことを提案」しても、まったく制度が伴っていないのです。

高齢者のがん治療には予防医療も欠かせない!

高齢者のがん治療では、がんに罹患する前から適切な予防医療(予防接種など)を受けているかが重要です。たとえば、抗がん薬による治療を受けて免疫が低下した場合、その患者さんが肺炎球菌やインフルエンザのワクチンを接種しているかどうかで、重篤な合併症を起こすリスクが大きく違ってきます。肺炎やインフルエンザの罹患が直接命に関わるということもありますし、これら感染症にかかると、たとえ重篤化しなかったとしても、回復するまで十分な抗がん薬治療ができなくなることで、治療効果に影響することもあります。

「こうした予防に関しては米国と日本の医療で大きな違いがあり、残念ながら日本が遅れています。日本でも最近は、公費負担のお陰で肺炎球菌ワクチンを1回接種する人が増えてきましたが、まだまだ受けていない人が多いのが現状です。帯状疱疹ワクチンも、50歳以上の人が受けられるようになりました。がんになると、がん自体もしくは治療薬の影響で、ワクチンの効果が低下することもわかっています。高齢者はがんになったときのためにも、インフルエンザや肺炎球菌ワクチン、そして帯状疱疹ワクチンなどの予防接種を事前に受けておくようにするとよいでしょう。それが高齢者のがん治療を安全に、かつ効果的に進めるのに役立ちます」

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