効果と副作用を客観的に判断し、自分にとってのプラス要因の有無を考える 臨床試験とは何か。患者さんのためになるか
副作用が出た場合のサポート体制
副作用が出た場合のサポート体制はどのようなものだろうか。
静岡がんセンターでは、臨床試験が行われている間は夜間や休日も緊急事態に速やかに対応ができるよう、当直などの医療スタッフを対象に試験のプロトコール(試験実施計画書)が開示される。さらに、その試験薬がとくに副作用が不安視されるものである場合には、試験実施当日には万が一に備え、GICU(ICUとHCUの機能を併せ持った治療室)で医師、看護師、CRCが見守る中、試験薬投与が行われるほどだ。じっさいすでに欧米で承認されているがん治療薬の第1相試験が行われたときには、欧米のデータで患者の数パーセントにアナフィラキシー・ショックが発生したと指摘されていることから、GICUが利用されたという。
このように第1相試験では、被験者には試験に参加することによるベネフィットがあまり期待できないだけではなく、予期できない重い副作用が起きてしまうケースもある。しかし、現実には多くの患者が試験に参加しているのも事実だ。
「第1相試験の対象となるがん患者さんは、通常その他に有効な治療法が見当たらない人に限定されています。そのため、何もしないでいるよりは、わずかでも期待の持てる試験薬を試してみたいと考えられるのでしょう。もちろん、なかには将来の患者さんのために、がん治療の進歩に役立ちたいと参加を申し出られる人も少なくありません」
と、齋藤さんはいう。
第1相試験でのインフォームド・コンセント
もっとも同じ第1相試験でも、参加が被験者のベネフィットにつながるケースもある。欧米など海外ですでに承認されているがん治療薬に対して、日本人における薬物動態や安全性を調査する目的で試験が行われる場合だ。現実には、非臨床試験(動物実験など)を終えたばかりで初めて人に投与される段階の薬剤についての第1相試験よりも、欧米で開発が先行し、ある程度知見の得られている薬剤についての第1相試験のほうが件数が多いという。
もちろんこの場合にも、同じようにインフォームド・コンセントのプロセスが行われる。当然、そこでは海外の臨床データについても精緻な説明が行われる。ただし、被験者に過剰な期待がもたれることのないように、あくまでも客観的な視点から説明が行われる。
「それがどんなに優れた薬剤であっても、がん治療薬の効果にはまだまだ限界があります。患者さんに効果が得られない可能性や副作用も含めて、公平に説明するのも私たちCRCの大切な役割です」
と、齋藤さんは語る。
第1相試験の対象となるのは、初めてがんが見つかったり、あるいは再発したばかり、さらには積極的な治療法が見当たらない患者で大きな不安を抱えている。そのため一般のがん治療よりも、さらにていねいなインフォームド・コンセントが求められる、と齋藤さんはいう。
ひとつ付け加えておくと、この第1相試験から第2相試験に至る治験では、試験薬はメーカーから無償提供され、採血などの検査費用もメーカー側から支払われる。また原則として検査などでの来院に要する交通費も一定額が支給される。
求められる双方向の意思伝達
さて、第1相試験で安全性、体内動態が確認され、試験薬の暫定的な投与量が設定されると、臨床試験は第2相試験へと移行する。海外での既承認薬が第1相試験を終えた後も、ほとんどの場合には、同じように第2相試験が行われる。
ここでの目的はより多くの人を対象にした場合の安全性の確認と、腫瘍縮小という側面での効果の評価があげられる。一般的にPR(腫瘍が半分以下に縮小)率20パーセントというのが次の段階に進むうえでの目安だ。そうしたプロセスを経て、効果が確認されれば、現実の治療に即した試験薬の投与量、投与スケジュールが決定される。ちなみに、この第2相試験では、すでに試験薬を用いる対象となるがん種も絞られており、そのがんを患っている患者が被験者となる。
この第2相の段階では、すでに試験薬の効果や副作用が概ね把握されており、ある程度は薬剤としての評価も定まっている。そのため、時にはこの試験への参加が、治療の選択肢の1つとして捉えられることもある。その場合には、インフォームド・コンセントに第1相試験とはまた違う難しさが生じることもあると齋藤さんはいう。
「患者さんが試験薬に対して、過剰な期待を持たれることもあります。じっさいには薬の効果がはっきりと確認されていないからこそ臨床試験を行うわけですし、どのような抗がん剤も、すべての患者さんに効くわけではありません。そうした事実を正確にお話しして、より冷静に試験への参加を考えてもらうように努めています。逆に試験ということで不安ばかりが大きいような場合には、すでに承認・市販された薬剤でも同様に副作用は起こり得ることなど、過度の不安を取り除くよう努めています」
標準治療を受けるか、臨床試験を受けるか
Step | 投与量 | 増 量 |
---|---|---|
1 | D | |
2 | 2 × D | 100 |
3 | 3.3 × D | 67 |
4 | 5 × D | 50 |
5 | 7 × D | 40 |
6 | 9 × D | 29 |
7 | 12 × D | 33 |
8 | 16 × D | 33 |
また、この第2相試験では被験候補者の大半は、従来の標準治療を受けているがん患者である。そこで多くの人たちは従来の治療を受けるか、臨床試験で新たな治療薬を試みるか、治療法の選択に頭を悩ませることになる。そうした場合には、CRCはインフォームド・コンセントを通して、被験候補者とよりよい選択について、ともに考えることになる。
「たとえばその薬が点滴で投与されるものか、飲み薬なのか。副作用の影響はどうなのか。試験に参加することで、仕事や家庭生活に無理は出てこないのか。そうした生活面の事柄も含めて、その人に合った治療を考えていくことになるのです。治療効果が期待できる薬剤でも、副作用による脱毛の可能性が高いために、小さな子どもがショックを受けるからと、試験には参加せずに、脱毛の起こらない治療法を選択された女性もいます」
一般の治療薬の場合は、第2相試験が終わると、通常、第3相試験として、いくつもの病院で、より多くの患者を対象にしたダブルブラインド(二重盲験)方式による従来の治療法との比較試験が行われる。しかし、がん治療薬の場合はこれまでは第2相試験が終わった段階で、効果や安全性が認められれば医薬品として承認され市販が行われ、治療に並行する形で第3相試験が行われていた。これはがん治療では緊急性が重視されていたことによるものだ。
もっとも2005年のガイドライン改訂により、肺がん、胃がん、大腸がん、乳がんの患者数の多いがんについては、一般薬と同じように市販前に数百人以上の患者を対象にした第3相の比較試験が行われることになっている。
この第3相試験では延命率を中心に従来の治療薬との比較が行われる。また最近では、この段階で痛みなどQОL(生活の質)の変化も取り上げられることが少なくない。
新薬を受けられる確率は50%
ところで一般にがん治療薬の場合、副作用の危険が高く、ブラインドもできないため、比較試験でも、医師はもちろん患者も自らが受ける治療を承知したうえで試験が行われる。当然ながら、そこで被験者にとって、もっとも気になるのが「自分は従来の治療薬、新たな治療薬のどちらにまわされるのか」ということだろう。この治療法の割り振りについてはランダム割り付けという手法が採用されている。
「じっさいにはコンピュータを用いて割り振りを決めますが、原理はコインの裏表でどちらかを決めるのと同じ。何の要因も作用することなく50パーセントの確率で、1人ひとりの治療法が決められます」
と、語るのは京都大学大学院助教授の佐藤恵子さんである。 もちろん、いったん治療法が決定すれば、変更は認められない。
「新たな治療薬が市販前のものである場合は、試験に参加しないと受けられません。それを使いたいという人は、50パーセントの確率に望みを託して、第3相試験に参加することになるわけです」(佐藤さん)
臨床試験に対する患者の相談内容
もちろん他にも、この段階で試験への参加を考えているがん患者には、さまざまな不安、迷いを抱えている。齋藤さんたちは7年前にスタートした、あるがん治療薬の製造販売後の長期大規模臨床試験で電話相談窓口を開設。試験への参加を考えている患者や家族の相談に応じた結果を学会報告している。
そこで、どんな患者の心理が明らかになっているのだろう。ちなみに報告対象となっているのは、臨床試験参加の登録受付から3年間で相談件数は127件。相談を受け付けた時点で参加に同意していた人は31パーセント、55パーセントの人たちが参加するかどうかを決めかねている。
その報告では、相談内容は大きく次の4つに大別されるという。
1、理解するため、情報を得るための質問
2、試験や疾患、副作用に関する不安の訴え
3、担当医の説明等に対する、自分の理解が正しいかどうかの確認
4、試験に対する疑問(誤解を含む)
個々の相談内容について、対応法を含めてもう少し具体的にみてみよう。
1の収集・情報収集のための質問では、「治療の振り分けであるランダム化や治療法の選択について」、「治療の効果、副作用について」、さらに「疾患そのもの(腫瘍の性質、転移、再発など)」、また「歯科受診、パーマ、毛染め、健康食品など日常生活に関する事柄」があげられる。これらの相談に対しては、わかりやすく適切な情報提供を行い、必要な場合には、医師へのフィードバックが行われる。
また2の不安の訴えでの「試験への参加を自分で決めるようにいわれが、どうしたらいいかわからない」、「退院後、初めての外来で抗がん剤の話をされ、思ったより進行しているのではないかと心配」、「副作用が心配なのですが」などの相談には、十分な説明と助言が行われている。
3の理解の確認では、「試験に参加する場合、治療法は選べないのですよね」「本当に同意を拒否したり、撤回したりして利することは可能なのか」などの相談が、そして4の試験に対する疑問、誤解では、「どちらがよい治療法か本当はわかっているのではないか?」「まだ市販されていない薬ではないのか」(治験との誤解による未知の副作用への恐れ)などがあったという。これらに対しては、3については患者の権利の保障も含めて第3者的立場からの十分な説明が行われ、4の場合には十分な説明による理解の助け、誤解の訂正が行われているという。こうした訴えはもちろん、他の段階でも共通しているに違いない。
何よりも自分が納得すること
ここまで治験の目的、進められ方を見てきたが、臨床試験にはそれとは別に、市販後の薬剤を用いて、よりよい治療法を確立する目的で行われる医師主導型臨床試験がある。これはたとえば治療薬の組み合わせなど、医師の発案による新たな治療法を、その病院の倫理審査委員会が承認することで実施されるものだ。佐藤さんによると、残念ながら、この医師主導型臨床試験には、きちんとしたエビデンスが得られるように計画されていないケースもあるという。
「なかには試験の目的が不明瞭なケースもあるようです。また目的は理にかなっていても、対象となる患者が少なすぎる場合は、実施してもエビデンスとなりうる結果は得られません。『どんな薬をどんな患者さんに何人に飲んでもらい、何をもって薬が効いたとするか』という基準が確立されていないと、エビデンスは得られない。当然ながら、こうした試験には参加する意味もありません」
と、佐藤さんは指摘する。
では、そのことも含め、臨床試験の参加を考えている人には、どんな対応が求められるのだろうか。
「当たり前のことですが、試験の目的や内容、手順、それに被験者がこうむる可能性のあるベネフィットやリスク、日常生活への影響など、事前のインフォームド・コンセントで伝えられるべきことがきちんと伝えられているか、確認することが大切でしょう。それにその試験への参加が自分にとってどんな意味があるかを考えることも大切です。自分は将来のがん患者のために参加するという精神面での充足感も含めて、試験への参加で自分にどんなプラス要因があるかも考えるべきでしょう。治療にせよ、臨床試験でも。何より自分が納得することが大切ではないでしょうか」(佐藤さん)
人のためだけではない。自分にとってどんなプラスがあるのか。臨床試験への参加には、被験者自身にとっての意味づけも欠かせない。
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