患者の利益は、科学と社会への貢献よりも優先されるべき 臨床試験に参加する患者さんのメリット・デメリット

中島聰總 癌研有明病院顧問
取材・文:黒木 要
発行:2007年1月
更新:2015年7月

臨床試験の広報について

では患者さんにとってメリットのある試験の存在はどのように知ることができるのでしょうか。

現状では、主治医から「こんな新薬(新しい治療法)があって臨床試験をやっているから試してみませんか」あるいは「参加しませんか」と誘いを受けるのが、臨床試験を知る機会のトップであることは間違いないでしょう。

しかし、あなたがかかっている医療施設が臨床試験参加に積極的でない場合だと、そのチャンスはない、ということになります。

事前に臨床試験に積極的な医療施設かそうでない医療施設であるかがわかれば、医療施設を選ぶ際のひとつの目安になると思いますが、ポスターやチラシを目立つ場所に掲示している病院は少ないといってよいでしょう。ですがそれも院内に入ってわかることで、病院の外から見ているだけでは何もわかりません。

なぜ積極的に広報できないのでしょうか。医療に関してはさまざまな広告・広報の規制があるのは周知の通りです。治験・臨床試験もこの規制を受けています。

この点については、小泉内閣の「規制緩和」の影響を受け、かなり規制が緩められているように見えます。例えば平成13年1月31日の厚生労働省の通知によって、被験者募集をする場合、医療機関名の掲載についての規制は撤廃され、基本的にプロトコール(臨床試験実施計画書)および同意説明文書に記載されている範囲であれば、掲載は可能になっています。しかし、治験名称(治験記号を含む)についてはまだ掲載できません。

その上、臨床試験を実施する上での契約では、治験依頼者と医療機関間で秘密保持に関する内容が盛り込まれるのが普通で、広告については事前に治験依頼者の許可を得る必要があります。また、医療機関においても、広告の内容について機関内の治験審査委員会で審査もしなければなりません。

というように、広告・広報にはいくつものハードルがあるのです。

このような現状ですから、臨床試験に関する情報を得るには、主治医から持ちかけられるか、運良く情報を掲示しているポスターなどに遭遇するかぐらいが一般的なのです。

ただ最近は、インターネットでも臨床試験の情報を入手できるようになりました。臨床試験の推進を支援している団体のサイトで見かけることが多いようです。

「ただし現在、インターネットで散見するのは研究者向け情報で、あれを一般の人が見て、自分に該当する試���であるのか判断するのは、かなり勉強した人でないと大変です」

と中島さんはそのアクセスには懐疑的です。ですが、試験の目的などを見て、自分に関係のありそうな試験であるのか、当たりをつけられるかもしれません。また一覧表を窓口にして、何度かクリックしていくと臨床試験の主催者や事務局が書いてあるので、その試験に参加している最寄の施設名を教えてもらい、そこに問い合わせるという方法が考えられます。

本稿の末尾に、治験や臨床試験を紹介しているおもなウェブサイトを記載しておきますので、参照してください。

また、厚生労働省がん研究助成金指定研究班を中心とする共同研究グループである「日本臨床腫瘍グループ(JCOG)」があります。このほかにも主だった大学病院、製薬会社などもそれぞれのホームページにて、臨床試験情報を掲載しています。

臨床試験に関する情報の見方

[臨床試験を受ける人が知っておきたいこと]
1. 臨床試験の目的および方法
2. 予測される効果および危険性
3. 他の治療法の有無とその内容
4. 臨床試験に参加しない場合も不利益は受けない
5. 臨床試験に参加を同意した場合でも随時これを撤回できる
6. そのほか被験者の人権の保護に必要な事柄

さてその臨床試験に関する情報ですが、通常は現在実施している試験の一覧表が掲示してあります。日本がん臨床試験推進機構の表を例にとって、その見方についてご説明します。

一番左に「対象疾患」があり、次に「プロトコール」という項目があります。このプロトコールは臨床試験実施計画書であり、これが重要です。一番上の番号(各臨床試験に割り当てられる番号です)をクリックすると、「研究の背景」があって、なぜこの試験を行うのか、その意義や狙いが明確に書いてあります。その少し下、「対象疾患」には試験に参加できる病態や条件が書かれており、自分が該当するかどうか、見当がつくかと思います。「予想される副作用」もぜひ押さえておかなければなりません。

なぜ病態や条件が厳しく問われるのか、少しなら間口を広くしてもいいではないか、と思われる方がいらっしゃるかと思いますが、「該当しない人が含まれてしまうと、取ったデータにノイズが入って、試験結果に悪い影響を与えてしまうからです。データの信憑性が揺らいでしまい、ひいては試験の意義が薄れてしまい、患者さんのために役立てることもできなくなってしまうのです」(中島さん)

それと該当はしても登録期間、つまり受け付け期間が終了しているかもしれませんのでご注意ください。

さて、そうはいってもプロトコールやそれを要約した一覧表を見て、臨床試験の意義、自分に当てはまる試験なのかどうかを判断するのは、かなり大変で無理があるかもしれません。そこで中島さんは次のようにアドバイスをします。

「やはり主治医に、私が参加できる試験はありませんか、と聞くのがよいように思います。医師は現在行われている臨床試験を全部把握しているわけでありません。知らないほうが多いと言うべきでしょう。でも熱心な医師であれば必ず調べて、患者に知らせてくれるでしょう」

その情報に接して、患者さんが臨床試験に参加したい、と強く希望すればその医療施設を紹介してくれるはずです。

その医療施設へ行くと、医師もしくは臨床試験のコーディネーターが、試験の概要を説明します。充分な情報を伝えてくれるはずですが、ポイントとしては次が大事です。再び金沢大学医学部付属病院のHPから引用します。

この治験の目的は何?

・なぜ、「この治療は効く」ということになったの?

・この治験の主催者はダレ?

・治験の開始を審査したり承認したりするのはダレ?

・どうやって治験結果をチェックするの?どうやって参加者の安全を守るの?

・治験はどのくらいの期間続くの?

・もし治験に参加したら、患者がしなきゃいけないことってあるの?

このHPの臨床試験についての解説はわかりやすく、費用負担などについての説明もあります。是非ご一読を勧めます。

すぐれた臨床試験「無作為化比較試験」とは何?

先ほど、中島さんのコメントの中に、臨床試験は目的とデザインが大事だ、というものがありました。

目的はもちろんですが、デザインとは何を指すのでしょうか。

試験にはいろんな方法があるのですが、臨床試験の基本は比較することです。投与群と投与しない群の比較がその代表です。そのためには(1) バラつきを小さくして試験の精度を高めること、(2) 偏り(バイアス)をできる限り小さくすること、そのための工夫、それがデザインといってよいと思います。

たとえば参加人員が一定の規模で行われることが重要です。極端な例をあげますが、30打数10安打も300打数100安打も同じ3割打者に違いありませんが、300打数100安打の打者のほうが難しく、価値、信憑性はあるということです。

偏りをなくすためにはたとえば多施設で行うことも重要です。診断基準を厳格に統一し、参加する人の病態や体調・健康度が等質であるようにします。調べる新治療法が効果的であるように見せたい場合は、元気な人や同じステージ内でも幅はありますから、軽い人を選ぶなどの恣意的な方法で操作は可能です。恣意的でなくとも無意識のうちに偏った対象を選んでしまうこともあります。そういった偏りをなくさなければなりません。1箇所の施設で行えば結果に偏りが出てしまいます。

これらのことをどれだけ考慮しているか、すなわち試験デザインをしているかによって、実は試験のグレードが決まります。グレードが高い試験の結果ほど、新しい治療法の参考になります。ときには一発で標準療法を一変させてしまうことだってあり得るのです。

臨床試験のデザインでよいデザインとして定評があるのは、無作為化比較試験です。これがどういったものであるかは前号を振り返っていただきたいのですが、なぜこの試験が必要なのかについて触れておかなければなりません。

この試験はこれまでの標準療法と新しい治療法や新薬のどちらがより効果があるのかといった比較をするときなどに用います。治験でいえば第3相でしばしば行われます。仮にどちらが効果的であるかを確かめる目的の試験であれば、参加者を振り分ける必要があります。標準療法(投与)群と新療法(投与)群というような具合にです。その振り分けは誰の意図も入らぬように、かっては封筒法で、今はコンピュータで行うのですが、新治療候補の投与群に振り分けられないかもしれません。もし新薬候補のメリットを期待して参加した患者さんなら当てが外れるわけです。

「無作為化比較試験は標準治療に比較して新治療法の効果がわからない場合に行いますから、倫理的には問題はありませんが、新治療法が効くのではないかと期待して臨床試験に参加された患者さんに対しては非常に心苦しいことですが、試験の性格上、どうしても回避できないことで、これはご理解いただいたうえでご参加を願うということになります」 (中島さん)

無作為化比較試験より試験の精度は落ちてしまいますが、臨床試験のなかには振り分けのないタイプの試験もありますので、新薬候補の効果に是非とも期待したいという方などは、そういった試験がないか、主治医に確認されてもよいかと思います。

こういった試験で安全性がないがしろにされることはまずありません。

先ほど臨床試験の実施規格GCPのことに触れましたが、それに則って試験を進めるのがいかに大変であるか、中島さんはエピソードを交えて訴えます。

それによるとちょっとした計画変更や、規格からの逸脱例でも、その詳細な理由をこと細かに厚生労働省に報告しなければならないのだそうです。第1相の試験でも、そういったペーパーワークは100ステップを優に超えるというのです。日常診療で多忙を極める医師にとって臨床試験を請け負ったり、主催したりすると連日のように深夜までの作業が続くのです。

「それが純粋に研究上の労力であれば、それでもやるという医師はたくさんいると思います。ですが煩雑な事務処理で大変な思い、骨身を削る思いをするのならやらないほうがましだ、という傾向が残念ながら出てきています。こうした研究を下支えする研究基盤がわが国では未整備なため、わが国で、がんの臨床試験の実施数が毎年低減している大きな理由のひとつとなっています。また折角わが国で開発された新薬なのに、治験の効率が悪いという理由で先に外国で治験が承認され、わが国では未承認薬のままという、治験の空洞化の問題とも直結していると思います」(中島さん)

最後に、参加者が直接的に恩恵をこうむる実利的なものを目的とするのではなく、病気の解明や治療の進歩の手助けをし、後に続いてくるがん患者さんによりよい治療を提供する礎になることで満足感を得ている患者さんもたくさんいることを指摘しておきたいと思います。

先の中島さんもこう言います。

「臨床試験は、そのような参加者の公に対する貢献という気持ちに支えられています。この精神は臨床試験の中核をなすと言ってもよいかもしれません」

もちろん、この精神は押し付けられる筋合いのものではありません。ただ、日本人にも人の役に立ちたい、医療や社会に貢献したいという気持ちを持っている人が少なからずいることは事実で、これからの臨床試験は、こうした患者さんの気持ちをきちんと生かすような形にしていく必要があるのではないでしょうか。

[治験届出数の推移]
グラフ:治験届出数の推移

臨床試験に関する情報が掲載されているウェブサイト


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