当事者として主体的な選択をするために 「臨床試験を受けませんか」と言われたら
臨床試験の倫理的ルール
臨床試験中の新薬や新治療法は、それを受けるがん患者=被験者にとってリスクが伴う。被験者の保護より研究成果をあげることが優先された「負の歴史」を繰り返さないために、被験者に対する危険防止策、安全基準、厳しい倫理規定等が確立されている。
「あらゆる臨床試験は『ヘルシンキ宣言』(ヒトを対象とする医生物学的研究に携わる医師に対する勧告)や厚生労働省の新GCP(「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」)に基づき、被験者への十分なインフォームド・コンセント(説明と同意)がなされなければなりません」(秋山さん)
具体的には臨床試験以外の有効な治療法の有無をはじめ、臨床試験の内容と副作用、もし参加しなかった場合の治療内容とその副作用、さらに試験を途中でやめる自由があることなどの説明が義務づけられている。
「ところが、日本の現実は新GCPを施行するのがやっと、あるいはその実施すらも危ぶまれている状況があります。被験者の人権を保護するしっかりとしたシステムの確立が火急に求められています」(秋山さん)
しかし、最近は日本でもようやく被験者が不利益を被らない臨床試験の態勢が確立しつつある。中でも国立がん研究センターを軸とした日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)をはじめ、日本・多国間臨床試験機構(JMTO)、西日本胸部腫瘍臨床研究機構(WJTOG)などによって、ヘルシンキ宣言や新GCPに準拠した臨床試験が行われるようになり、新たな胎動が始まっている。
患者に不利益がもたらされるケース
日本ではJCOG等の先進的な医師や研究者の自発的グループによる優れたがんの臨床試験が行われている一方、そうでない臨床試験も少なくないというのが現実だ。では、数多く実施されているがんの臨床試験の中で、被験者が不利益を被りかねないのは、どのような臨床試験のなのだろうか。
「たとえば、大腸がんの*術後補助化学療法としてフッ化ピリミジン系経口抗がん剤UFTの再発予防効果を調べるフェーズ3(第三相市販後臨床試験)も問題のある臨床試験の一つです」(秋山さん)
UFTの第三相市販後臨床試験の目的は、進行病期*デュークスCの大腸がんで、手術による*治癒切除を受けた患者を対象に、術後の再発を予防するUFTの効果を調べることだ。1996年から2001年までの5年間に600人の患者がUFTを投与したグループと、投与さ���ないグループに無作為に分けられた。その後、再発した患者数を調べ、UFTの再発予防効果を確かめるというものである。
「UFTのこの臨床試験が問題なのは、(1)すでにアメリカで大腸がんの術後補助化学療法に5-FU+ロイコボリンが再発予防に有効とのエビデンスが出されていたからです。(2)投与されないグループに分けられた場合、術後補助化学療法が受けられず、再発の可能性を高めてしまうという不利益を被るかもしれません。さらに問題を複雑にしているのはこの臨床試験開始当時、日本では大腸がんにロイコボリンが健保の適応になっておらず、公式には使用できなかったという当時の医療事情があります。しかし、いずれにしても科学的にあまり意味がないことはもちろん、患者の利益も損ねる臨床試験といわざるを得ません」(秋山さん)
秋山医長の指摘することがきちんとインフォームド・コンセントされていたら、UFTの第三相市販後臨床試験に心から納得して参加するがん患者はいなかったのではないだろうか。
また、がんの化学療法は、何種類かの抗がん剤を組み合わせた多剤併用療法として行われるのが一般的だが、新たな組み合わせの有効性を確かめようとする臨床試験の中にも「問題あり」と指摘せざるを得ないものがある。「同じような抗がん剤を組み合わせた多剤併用療法の毒性と有効性を調べる第一/二相臨床試験(1/2スタディ)が数多く行われていますが、その中には患者数の多い種類のがんの場合でも、1~2の病院の20~30人という少数のがん患者を対象とした安易なものがあります。少なくても100人近い患者を対象として比較しない限り、エビデンスの質は低いものとならざるを得ません。しかも、否定的な結論が出ると社会的に埋もれ忘れ去られてしまうことが多いので、同じような1/2スタディが繰り返し行われるという現実があります。私は『でもしか1/2スタディ』と言っているのですが、このような臨床試験は問題が多いと言わざるを得ません」(福田さん)
*術後補助療法=目に見えるがん巣を取り除く手術の後に、体内に残る微少ながん細胞をたたき、再発を可能な限り予防するために行われる手術以外の抗がん剤、放射線などによる治療
*デュークスC=大腸がんの進行病期分類は、日本のステージ分類と、アメリカの病理学者デュークスが1935年に手術中の肉眼的所見で分類したデュークス分類がある。デュークスCはがんの浸潤度に関係なく、リンパ節転移のあるもの
*治癒切除=転移がなく、手術によって病巣を切除することによって根治が見込める場合
意義ある臨床試験に参加するために

がん患者とその家族にとって優れた臨床試験に参加し、新たな治療法を受けるためには、個々の臨床試験を吟味しなければならない。その際、一つの目安となるのが個々の臨床試験で患者に提供される説明文書だ。
「ヘルシンキ宣言の遵守を謳うJCOGは、個々の臨床試験の目的や患者さんが被るかもしれない不利益などをきちんと明記した説明文書をつくっています。臨床試験に参加する病院や医師に対しては、この説明文書か、あるいはこれに手を加えた説明文書を患者さんに手渡し、参加の同意を得る仕組みになっています」(福田さん)
新たな治療法が試みられる臨床試験に参加するときは最低限、この説明文書を熟読する必要がある。そして、疑問があるときは積極的に主治医に質問し、十分に納得してから参加することが求められている。
「がんの治療法は、臨床試験なくして進歩することはありません。参加する患者さんの利益を守り、きちんとしたエビデンスが得られる態勢も徐々に整ってきています」(秋山さん)
EBMに基づくがん治療の発展は、臨床試験の普及がカギを握っている。選択肢の一つとして勧められる臨床試験中の新たな治療法は、なによりもがん患者のあなたの病状を改善するためのものだ。
がん治療の発展を支える一人としても、悔いのない選択をしたい。
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