がん薬物療法の新時代到来を告げるエピジェネティック治療

監修●安藤 潔 東海大学医学部内科学系血液・腫瘍内科教授
監修●澤登雅一 三番町ごきげんクリニック院長
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年4月
更新:2019年8月

初めての効果的な治療薬

骨髄異形成症候群は、骨髄不全と前白血病状態。良性から悪性まで8種類に分類されているが、白血病に移行すれば致死的。だが、安藤さんによると「確立された治療法はなく、若い人ならば骨髄移植が唯一の治療法。あとは抗がん剤治療、免疫抑制療法、輸血しか治療はなかったのです」

だが実際には、骨髄異形成症候群は高齢者の病気で、診断された患者さんの平均年齢は76歳。移植ができるのは、せいぜい55歳から60歳ぐらいまでなので、悪性でも治療法がない場合がほとんどだったのである。

[アザシチジンの副作用]

副作用 起こる割合
好中球減少症(発熱性好中球減少症を含む) 47例(89%)
白血球減少症 45例(85%)
血小板減少症 45例(85%)
ヘモグロビン減少 37例(70%)
便秘 37例(70%)
注射部位反応(紅斑・発疹・掻痒感・硬結など) 35例(66%)
赤血球減少症 33例(62%)
ヘマトクリット減少 29例(55%)
リンパ球減少症 28例(53%)
★副作用は53例中53例(100%)に認められた。
   50%以上に認められた副作用を示す(中間解析)
★この試験では、悪心・嘔吐を予防するため、投与約30分前に制吐剤を投与した

そこに今回初めて、ビダーザという治療薬が生まれたのである。日本でも臨床試験が行われ、欧米とほとんど同じ結果が認められたそうだ。副作用も、血小板や白血球の減少、便秘などがあるが、「血液の専門家ならば管理できる程度」だという。感染症の発症率などは、従来の治療法に比べてむしろ少ないそうだ。

実際に、患者さんに使って安藤さんは「今までなら救えない人に完全寛解()をもたらすことができました。半分の人には何らかの効果が出ていますね。ただし、この薬で完治することはありませんので、その後どうするかが今後の課題です」と語る。

ビダーザを投与すると、がん抑制遺伝子P15のメチル化がはずれることは確かめられている。つまり、がん抑制遺伝子であるP15が働きだすとい���わけだ。しかし、現状ではビダーザだけでこの病気を完治させることはできない。それだけではまだ不十分ということなのだ。

完全寛解=がん細胞が見つからない状態

固形がんにも効果を現した

今のところ、血液がんでエピジェネティック治療薬の研究は進んでいる。ゾリンザの適応が認められた皮膚のT細胞性リンパ腫は珍しいがんだが、白血病や他のリンパ腫でも臨床試験が進んでいるそうだ。

これに対して、固形がんの治療にエピジェネティック治療を取り入れているのが、三番町ごきげんクリニック院長の澤登雅一さんだ。

「ここは、がんが進行して状態の良くない患者さんや標準治療が効かない患者さんが多いので、ビダーザやゾリンザのように副作用の強い薬は使えないのです」と澤登さん。いかによい状態で延命するかが重要なのだ。

実は、以前から他の病気の治療に使われていた薬の中に、エピジェネティックな作用を持つ薬がある。先天性の尿素サイクル異常症の治療に使われるフェニル酪酸やてんかん治療薬のバルプロ酸がそれ。副作用が少ないことは、すでに証明済だ。

フェニル酪酸

フェニル酪酸(ゴルフボールの右側)。錠剤は大きく、少し飲みにくいが、副作用が少なく患者さんのQOL維持に効果がみられた

同クリニックではフェニル酪酸を使用。ヒストン脱アセチル化酵素の働きを阻害する働きがあるそうだ。

これまで、30人以上の患者さんにフェニル酪酸を服用してもらっているが、効く患者さんは1~2カ月で効果が現れるそうだ。「腫瘍マーカーが著名に低下し、QOLが向上する」という。

1番効果があったのは前立腺がんの患者さん。手術から5年後に再発、多発骨転移があり、放射線療法や化学療法を行ったが腫瘍マーカー(PSA())は2000を超え、食欲が低下、痛みも激しく、標準治療はもうできないと言われた。そうした中、ごきげんクリニックを受診、フェニル酪酸を開始したところ、3日目には痛みがとれ、10日後には痛み止めが不要になった。同時に食欲も回復し、8キロ太って以前と同じ体重になったそうだ。

PSA値は、500までしか下がらなかったが、旅行を楽しむなど発病前と変わらない生活を送った。2年後、腫瘍マーカーが再上昇して肺炎で亡くなったが、痛み止めが必要なほどの痛みはなかったそうだ。

標準治療が無効で、食事もほとんど摂れなくなり、緩和治療をすすめられた胃がん患者さんも、フェニル酪酸を飲んで1カ月後、腫瘍マーカー(CEA())が500から250に低下、韓国出張に出掛けて焼き肉をたらふく食べるほどに体力が回復。この患者さんは今も元気で「慢性の末期がん患者になる」と豪語しているそうだ。

PSA=前立腺特異抗原
CEA=がん胎児性タンパク抗原。消化器系のがんの腫瘍マーカーとして用いられる

がん治療新時代へ──今後の研究に期待

今後、澤登さんは、大学の研究室と協力して治療成績などのデータを出していく予定だ。

まだエピジェネティック治療は始まったばかりだが、がんの本態に近づく治療なので期待は大きい。

ただ、安藤さんと澤登さんが口をそろえるのは、今のところどういう人に効くのかを事前に知る方法がないこと。これを見つけるのが当面の課題だという。またビダーザは古い薬なのに決して安くない。安藤さんによると、「日本の薬価は、ヨーロッパとアメリカの価格の中間をとっているが、日本の保険制度はEU諸国のほうに近いので、ヨーロッパの価格にそろえても良いのではないか」と話す。

安藤さんは「もし薬でがんを治せるとしたら、それは分子標的治療薬とエピジェネティック治療薬の組み合わせで実現されるのではないか」と期待する。最先端のがん研究に基づいた治療法が、また1歩がんを追い詰めようとしている。

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