自力排尿を可能に!「新膀胱」造設手術

監修●武藤 智 帝京大学医学部付属病院泌尿器科准教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年7月
更新:2019年8月

縫い方にも工夫

小腸を使った新膀胱を造る手術は、裁縫のようだ

小腸を使った新膀胱を造る手術は、裁縫のようだ

新膀胱の造設手術は、80年代の終わりくらいから海外で始まっている。武藤さんが、新膀胱の造設手術を本格的に始めたのは2000年ごろから。

その間にもいろいろな改良や工夫があったという。たとえば、小腸を縫って膀胱を作ると、縫い目がきちんとくっつくまで水がもれないのか心配になるが、武藤さんによると、そのための最適な縫い幅が7㎜なのだそうだ。

「あまりに細かく縫うと時間もかかるし、小腸の血流が低下して虚血になるのも心配。そういう心配がなく、尿も漏れない縫い幅が7㎜なのです」

小腸を60㎝使うのも「あまり長くとると吸収障害を起こしますが、60㎝ぐらいなら大丈夫とわかっているから」なのだそうだ。

さらに、開いた小腸を半分に折って縫い合わせるのも「腸の蠕動運動を相殺する」という意味があるのだそうだ。小腸は、食べ物を先に送り出すために蠕動運動をしている。その力があまりに強いと括約筋でも尿を止めることができずに漏れてしまう。ところが、半分に折るとそれぞれが反対方向に蠕動運動を行うので、その力が相殺されてしまうのだそうだ。

大腸ではなく小腸を使うのも、「小腸はほとんどがんが発生することがない」からなのだという。あちこちに工夫が込められているのである。

手術のコツは、「膀胱の全摘では出血、新膀胱では腸の血流をいかに維持するか」にあると武藤さんは語る。

膀胱の摘出では、とくに前立腺付近は深くて狭く、血管が集まっているので、これを傷つけないことが大事。もちろん、輸血はしないのが前提だ。

新膀胱を作るときには、いかに腸の血流を維持するかが重要になる。血流が悪くなれば、組織が壊死したり、尿が漏れるなどの問題が起きてくる。そこで、「腸は腸間膜から栄養を得ているので、腸間膜が損傷されないように余裕を持ってデザインする」のが大事なのだそうだ。

ちなみに、腸間膜は腸の間をつなぐように存在する膜のことである。

尿を新しい尿意で排泄

できあがった新膀胱

できあがった新膀胱

こうして工夫を重ねて作られる新膀胱だが、残念ながら「尿意」というものはない。ふつうは、膀胱にある程度尿がたまって膀胱壁が伸びると、尿意を感じてトイレに行く。しかし、新膀胱には、こうした神経がないので尿意までは感じない。

それどころか「小腸は、やわらかい組織なのでいくらでも伸びてしまう」そうだ。そこで、最初の1~2年は、必ず2時間おきにアラームをかけてトイレに行く。

「3~4年たって慣れてくれば、尿がたまると尿道の奥のほうに違和感を感じるようになる」そう。新しい尿意の感じ方ができるようになる人もいるのである。

排尿も、これまでのように尿道括約筋をゆるめれば出るというものではなくなる。武藤さんによると「括約筋をゆるめると同時に、お腹に力を入れる必要があります。便と同じで腹圧で出すような感じ」だそうだ。腎臓のほうに逆流することはまずないらしい。

小腸ならではの特徴もある。小腸は消化管なので、小腸壁がそれまで触れていたのは、もっぱら食べかす。ところが、膀胱に変身したとたん、毎日尿と接触することになる。その結果、「上皮がポロポロ落ちて、尿の中にかすが出てくる」のだそうだ。

それで、詰まることはごくまれだが、このカスを0にすることはできないらしい。

次はダヴィンチを応用

元と同じとは言えないが、新膀胱の利点はなんといっても、自分の体内にある新膀胱に尿をためて、トイレで尿道から排泄できることだ。

合併症としてありうるのは、腸閉塞と感染から起こる腎盂腎炎。といっても、腸閉塞は「4~5日食事を止めるぐらいで治る人がほとんど」。腎盂腎炎も抗生物質で治る程度だそうだ。

新膀胱増設術は基本的に、膀胱の出口から前立腺部の尿道にかけてがんがないことが条件。この条件さえクリアできれば、何歳でも新膀胱を作ることは可能。これまでの最高齢は80歳だそうだ。

「適応していない人でも、もう高齢で残された人生のQOL(生活の質)を考えて新膀胱を選ぶ人もいる」そうだ。

一般的には、こうした適応条件を含めて、約半数の人が新膀胱になるという。「新膀胱が条件的に可能であれば、ほとんどの人が新膀胱を選びます。しかし、中には仕事の問題や徹底的にがんをとりたいという理由で、ストーマを選ぶ方もいます」と武藤さん。

これまでにも手術にさまざまな工夫をしてきた武藤さんだが、今後の目標は「ダヴィンチで、尿路変更も含めて膀胱の全摘手術を行うことです」

ダヴィンチは、腹腔鏡をあやつる手術用ロボット。人間以上に自在に関節が動き、体の奥深くまで近づいて局所を拡大しながら手術ができる。すでに、日本でも前立腺がんの手術を中心に広まっているが、「ここでも前立腺手術の症例がある程度増えたら、膀胱でも始めたい」と武藤さんは考えている。

膀胱全摘した上で、新膀胱を造設する手術は、広範囲に及ぶ長時間の手術。ダヴィンチで行えば、傷も小さくなり、内臓が空気に触れる面積も圧倒的に狭くできることが期待される。

そのための技術や器具の改良が、武藤さんのこれからの課題。より小さな傷で、新膀胱を造ることも可能になろうとしているのだ。


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