腹水難民を生み出すな!直ちに苦痛を緩和する腹水治療法

監修●松﨑圭祐 要町病院腹水治療センター長
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年3月
更新:2019年8月

否定されていたCART

CART法、すなわち従来の腹水濾過濃縮再静注法は古くからある治療法で、日本では1981年に水分・塩分制限や利尿剤などが効かない難治性腹水の治療法として認可された。

にもかかわらず、がん性腹水の治療法としては普及していない。一般的には、ただ腹水を抜いて捨てる方法が第1選択とされている。なぜか。

松﨑さんによると、従来のCART法には多くの問題があったという。CART法は、濾過膜によって腹水からがん細胞や細菌、血球、フィブリンなどを除去し、濃縮膜を使って余分な水分や電解質を取り除き、アルブミンとグロブリンの濃縮液を作る。これを患者の静脈内に戻すという画期的な治療だった。

しかし、実際には、操作が複雑で、熟練した臨床工学士の立ち会いが必要なうえ、がん性腹水にはがん細胞やフィブリンなど粘液成分が多いため、1~2ℓも処理すると濾過膜が詰まって大量の腹水を処理できない、ローラーポンプでチューブをしごいて無理やり腹水を濾過するため、その刺激でインターロイキンなどの炎症物質が産生され、濃縮液を体内に戻すと高熱が出る、という欠点があった。

1~2ℓの腹水を処理しても患者さんの状態に大差はないし、副作用も大きい。そのため、「1990年ごろには、CART法はがん性腹水には使えないとみなされ、消えてしまった」のだそうだ。ここに、再び目を向けたのが松﨑さんだった。

[腹水濾過濃縮再静注法(CART法)のしくみ]
腹水濾過濃縮再静注法(CART法)のしくみ

腹水からがん細胞などを除去し、アルブミンとグロブリンの濃縮液を患者さんの体内に戻すCART法。しかし、がん性腹水の粘液成分で、濾過膜が詰まりやすく、また炎症物質の産生で高熱が出るのでがん性腹水の患者さんには使えなかった

回り道からアイデア

[KM-CART法の装置]
表題
表題   表題

1.左に吊るされた患者さんの腹水を濾過し、必要な成分と不要な成分に分け、必要な成分の濃縮を行っている
2.左は濾過器、右が濃縮器
3.濃縮されたアルブミンやグロブリン。これを患者さんの静脈内に点滴で戻す

松﨑さんが医師になって2カ月後、帰郷した実家で母親の腹水に気づく。卵巣がんだった。父親だけで看病をするのは無理だと思い、広島大学から地元の高知医大に移った。そこで、入局したのが心臓外科。与えられた学位論文のテーマが「体外循環と濾過膜」だった。消化器外科を目指していた松﨑さんにとって、回り道のように思えたが、実はこれがKM-CART法開発の礎になる。腹水を抜く場合、循環血液量の管理は欠かせない課題だ。それを心臓外科で学び、濾過膜やポンプ、回路などにも詳しくなった。消化器外科病棟で腹水治療を行っていたとき、この知識が花開いたのである。

それまで、従来の腹水治療法であるCART法では、ストロー状の中空糸の内側に腹水をローラーポンプで強制的に押し込んで、外側に向かって濾過していた。これを反対に外側から内側に向けて濾過すれば、濾過膜の表面積は約1.7倍に。それでも、3ℓも腹水を濾過すれば目詰まりを起こすが、これに対しては、内側から外側に向けて生理食塩水を勢いよく注入し、膜を洗浄することで、対処できた。

さらに、構造も単純化し、輸液ポンプや吸引装置を利用して、専用のローラーポンプを使わなくてすむようにした。その結果、腹水に大きな機械的ストレスがかからなくなり、炎症物質の産生が少なくなった。患者さんの静脈内に濃縮液を戻しても高熱を出すことがなくなった。

こうして改良されたCART法がKM-CART法だ。松﨑さんによると、「1回で15ℓぐらいまで腹水を処理できます。処理時間も昔は1ℓ濾過濃縮するのに30分もかかったのですが、今は9分ぐらい」という。

患者さんは、大量の腹水が抜けると、見違えるほど元気になる。臓器の働きも回復し、食事もとれるようになる。9ℓ近い腹水をKM-CART法で処理し、4日目にはゴルフに出かけた女性患者さんもいるそうだ。

「腹水を抜いてアルブミンとグロブリンを戻すと、また利尿剤が効くようになり、腹水も溜まりにくくなります。精神的にも肉体的にも元気になり、また化学療法を始められる人もいます」と松﨑さん。体力が低下することもないので、また腹水が溜まっても、何度でも治療ができる。患者さんにとっては、それが大きな支えにもなる。

腹水のがん治療への応用も

もちろん、KM-CART法をしても亡くなる人もいるが、「パンパンにお腹が膨れて苦しんだまま亡くなるのと、腹水がなくなって安らかに亡くなるのでは、残された遺族の気持ちも違います。その意味で、KM-CART法は遺族ケアにもなるのです」と松﨑さんは語る。

そして、松﨑さんが期待しているのが、がん治療への利用だ。これまで、濾過された廃液や洗浄水はそのまま捨てられてきたが、この中にはがん細胞やリンパ球がたくさん含まれている。これを使って、抗がん剤の感受性試験や免疫細胞療法ができないか、というのである。

実際に、KM-CART法を行った後は免疫の働きが良くなるという報告もある。最近、胃がんで抗がん剤の腹腔内投与が効果が高いという報告があり、これにKM-CART法を併用すればより効果が高まるのではないかと、松﨑さんはみている。

「新しい腹水治療、KM-CART法を広め、『腹水難民』を全世界からなくすのが目標。『腹水は抜いたら元気になる!』ことをみなさんに知っていただきたい」と松﨑さんは語る。


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