がん細胞だけを狙い撃ちする放射線療法「ホウ素中性子捕捉療法」

監修●山本哲哉 筑波大学付属病院脳神経外科講師
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年2月
更新:2019年8月

治療の場は原子炉

原子炉の断面図

原子炉の断面図。かなり大がかりな装置であることがわかる

[ホウ素中性子捕捉療法の治療スケジュール]
ホウ素中性子捕捉療法の治療スケジュール

ホウ素化合物BSHは半日前、BPAホウ素薬剤は2時間前に点滴。患者さんが原子炉に搬送されると、隣室で位置決めなどのシミュレーションを30分ほど行う。照射時間は、30分から1時間ほどで終わる

しかし、臨床研究とはいえ治療は原子炉で行われるため、かなり大がかりになる。

脳腫瘍を手術でできるだけ摘出し、組織を確認してからホウ素中性子捕捉療法を行う。山本さんによると、「術後1~2週間から1カ月以内に行うのが目安」だそうだ。

まず、ホウ素薬剤であるBPAという薬を点滴で注入し、腫瘍にBPAが集まったところでBPA-PET検査を行う。

ホウ素中性子捕捉療法は、がん細胞にホウ素10Bがどれだけ集積するかが治療の決め手。PET検査は、がんの範囲を知るだけではなく、ホウ素中性子捕捉療法の効果を予測することもできる。一般的には「がん細胞にBPAが正常細胞の2倍以上集積すれば、効果が期待できる」そうだ。

最近では、もっと容易に入手できるメチオニンという薬剤を使ってPET検査を行い、換算することも可能になっている。

この画像診断の結果を元に、治療計画をたてる。がんの形に合わせて中性子を照射するコリメータ()を作成し、原子炉で適切な中性子の照射量や方向、体の位置などを事前に検討しておく。

ホウ素薬剤の点滴は、治療当日に行われる。BSHは半日前、BPAは2時間前に点滴で入れる。これまで、腫瘍集積性の高いホウ素化合物が何百と探索されてきたが、臨床にあがってきたのは、この2剤だけなのだそうだ。

患者さんは救急車で東海村の原子炉に搬送。原子炉に入ったらすぐに治療が行えるように、隣室で位置決めなどのシミュレーションを行う。これに30分ぐらいかかる。その間にも、体内に入ったホウ素の分布は変化するので、濃度の測定が行われ、原子炉ではその日の出力や中性子の量などが計測され、さまざまな調整が行われる。

照射時間は、30分から1時間ほどだが、その間に多くの人が働いているのだ���帰りは、防災ヘリで搬送される。

患者さんは、とくに治療によるダメージもないので、「帰りは、ヘリコプターからの景色が楽しかったという患者さんもいる」そうだ。

コリメータ=照射部分を腫瘍の形状に合わせるための器具

加速器の完成が待たれる

ホウ素中性子捕捉療法は、患者さんにとっては比較的負担の少ない治療だ。

通常、神経膠芽腫の放射線治療では、30回ぐらい照射をくり返すが、ホウ素中性子捕捉療法の場合は1回だけ。

コリメータなどを使うとはいえ、ホウ素が入ったがん細胞にだけダメージが与えられるので、強度変調放射線療法のように照射中、厳重に体を固定する必要もない。

これまで、筑波大学では脳腫瘍だけで20人にホウ素中性子捕捉療法を行ったが、「標準治療と同じぐらいの治療成績が得られているという感触がある」と山本さんは語る。

「神経膠芽腫の患者さん15例を、ホウ素中性子捕捉療法で治療した結果をまとめたのですが、生存期間の中央値は27.1カ月、5年生存の人も出ています」

[ホウ素中性子捕捉療法の治療効果]
ホウ素中性子捕捉療法の治療効果

右の黒い部分が神経膠芽腫の治療前後の様子。悪性度の高い神経膠芽腫に高い効果を出している

まだ、エビデンスというレベルにはないが、平均的な数値に比べても高い数値だ。

5年間生存している人は、若い女性。左前頭葉にできた神経膠芽腫は直径5センチにもなり、頭痛と失語症を訴えていた。これを手術で摘出後、残った部位にホウ素中性子捕捉療法を実施。今は元気で、全く通常の日常生活を送っているという。

ただし、臨床試験なので、浅い部位を得意とする中性子の性質に合わせ、腫瘍が脳表面から60ミリにとどまる人(脳の最深部は100ミリ)に限られている。どういうがんが最適なのかは、まだ今後の課題だ。

加速器を使って、中性子作り

治療は原子炉で行われる。1回の治療には、50人ほどの医療従事者が関わる

治療は原子炉で行われる。1回の治療には、50人ほどの医療従事者が関わる

実は3月の震災で東海村の原子炉はストップ。筑波大学のホウ素中性子捕捉療法も中断せざるを得なくなっている。だが、「あまり落胆はしていません」

と山本さんは語る。

治療経過を見てもわかるように、原子炉を使った臨床研究はかなり大がかり。費用は大学で負担しているが、1回の治療に医師から原子炉を運転する人まで50人以上の人が関わっている。

「基礎的なデータは集まってきたので、時期的にも加速器を使って中性子を作り、臨床試験を行うときに来ていたのです」

脳腫瘍だけではなく、頭頸部がんや肺の中皮腫、皮膚がん、肝臓がんなど、ホウ素中性子捕捉療法の効果が期待されるがんは少なくない。加速器ができれば、こうしたがんの臨床研究も広まると見られている。すでに試作版を完成させた施設もある。

加速器が本格的に稼働するようになれば、よりホウ素中性子捕捉療法の効果も適応も明らかになってくるだろう。

[ホウ素中性子捕捉療法が受けられる機関]

医療機関 適応症例 所在地・連絡先
京都大学原子炉実験所
粒子線腫瘍学研究センター
脳腫瘍、頭頸部がん、肝臓がん、肺がん、中皮腫、骨・軟部肉腫など 大阪府泉南郡熊取町朝代西2
(072)451-2475
大阪医科大学
脳神経外科
脳腫瘍 大阪府高槻市大学町2-7
(072)683-1221
川崎医科大学
放射線科
頭頸部がん、皮膚がん 岡山県倉敷市松島577
(086)462-1111


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