失った声が簡単に蘇る!気管食道シャント法
長く、音量も大きい声

プロヴォックスは、全身麻酔で装着する。装着そのものは5~15分程度だが、全身麻酔などの準備も含めると手術には1~1.5時間ほどかかる。方法もいろいろあるが、塚原さんは熟練しているのでかなり早い。
手術は、2人で行う。1人は口から喉頭ファイバーという内視鏡を挿入。内側から状態を確認しながら、食道にチューブを挿入する。喉頭摘出手術をした人は、首に穴が開いているので、ここから塚原さんが気管に指を入れ、指先の感覚で口から入れたチューブの位置を確認。首の穴から、弓のように湾曲したトロッカーを入れ、指先の感覚だけを頼りに食道に挿入したチューブに向けてトロッカーをグイッと刺し込む。これで、気管と食道をつなぐ穴ができるわけだ。ここが、1番難しいところだという。
「1度で決めないと、出血やむくみ、感染などの原因にもなります」と塚原さん。
トロッカーがうまくチューブとつながったら、今度はトロッカーにワイヤーを通して口から出す。このワイヤーの先端にプロヴォックスをとり付けて、ワイヤーを首の穴から引き抜けば、プロヴォックスがトロッカーで開けた穴に装着されるしくみだ。これで、食道と気管をつなぐシャント(分路)ができる。
塚原さんが、同センターでこの手術を始めて4年。その利点をこう語っている。
「食道発声の場合、飲み込んだ空気の分だけしか声が出ないので、せいぜい言葉が続くのは1~2秒です。しかし、プロヴォックスの場合は息が続くかぎり声が出るので、肺活量がある人ならば20秒ぐらい続きます。息を吐く勢いもあるので声のボリュームも大きい。そして、1番のメリットは、練習が不要で、手術した翌日から声が出ることでしょうね」と、塚原さんは語っている。
個人差はあるが、声も他の方法に比べて自然。電気喉頭からプロヴォックスに変えて、初めてペットの犬が呼びかけに答えて尻尾を振ってくれたと、喜ぶ患者さんもいるそうだ。
しかし、実際に��喉頭摘出術を受けた人で、プロヴォックスの装着を希望する人は1割から1.5割程度だそうだ。これだけメリットがあるのに、なぜなのだろうか。
メンテナンスや経費などの短所

塚原さんによると、「もう手術はしたくない」という人が多いという。時期の問題もある。
「欧米では、喉頭摘出術と同時にプロヴォックスを装着することが多いのですが、私は少なくとも半年から1年たってから装着することを勧めています」と塚原さん。まずは、手術後の体に慣れて、息苦しくなく呼吸ができて、飲み込みができるようになることが先決だからだ。
「万が一、縫合不全などの合併症が出て再手術となった場合も、プロヴォックスを装着していると大変なのです」
再発した場合も、プロヴォックスがあると放射線をかけにくいという。そのためにがんの摘出手術と時間をあけたほうがいいというのが、塚原さんの考えだ。
「その間に、筆談になれて食道発声らしきものができるようになる人もいます。そうなると、もう手術は面倒ということになるのです」と塚原さんは説明する。
プロヴォックス装着には技術も必要だ。塚原さんは慣れているので、わけなく食道にトロッカーで穴をあけるが、何回もトロッカーを刺し直し、「炎症を起こしたり、ウミが出た、声が出ないなどの合併症を起こす場合もある」という。装着手術は熟練した医師に行ってもらうことが必要と言えそうだ。
さらに、プロヴォックスは毎日掃除をしなければならない。弁の部分に食物の残りなどが付着して弁がしっかり閉まらなくなってしまうからだ。
「高齢者も多いので、鏡を見ながら小さな穴にブラシを入れて掃除するのは大変なのです」
経済的な負担やケアに要する手間もデメリットといえる。プロヴォックスの装着には、1週間ほどの入院が必要で、一部では保険もきくが、それでも14万円ほどかかる。3カ月から半年に1度は病院で交換してもらわなければならないし、ハンズフリーのカセットや装着のためのシールなどの消耗品も買わなくてはならない。
患者さんの選択肢の1つとして普及を願う
塚原さんは「決してプロヴォックスが1番というわけではないんです。習得できれば、道具もメンテナンスも不要な食道発声がいいのです。でも、それが難しかったり、電気喉頭の音質に慣れない人には勧めたい方法。まだプロヴォックスの装着手術を行う施設も少ないので、患者さんの選択肢を増やすという意味で、普及して欲しいと思っています」と語っている。