乳がんに追いつけ!胃がんでも、センチネルリンパ節生検の時代へ

監修●竹内裕也 慶應義塾大学医学部一般・消化器外科講師
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2011年11月
更新:2019年8月

センチネルリンパ節生検の正診率は99パーセント

より患者にやさしい手術を目指す同院では、10年以上前から胃がんのセンチネルリンパ節生検を研究してきた。

「早期胃がんでリンパ節転移がある人は15パーセント程度で実際は転移のない患者さんが大半を占めます。これに対して胃全摘や広い範囲の胃切除を行い、標準的なリンパ節郭清をするのは、やりすぎではないかというのがもともとの考え方なのです」と竹内さんは語る。

内視鏡治療が進歩し、リンパ節転移のない早期胃がんはリンパ節郭清を省略し、がんを内視鏡で局所的に切除するだけで治ることもわかってきた。しかし、残念ながら手術前の画像診断ではまだリンパ節転移の有無を正確に判断することはできない。

リンパ節転移の有無は患者さんの予後にも大きく関わる問題だ。そこで、正確にリンパ節転移の有無を知る方法として注目されたのが、センチネルリンパ節生検だったのである。

乳がんや皮膚がんでは、すでにセンチネルリンパ節生検は保険適応になり、転移がなければリンパ節郭清を省くのが標準的になっている。なぜ、胃がんでは研究が遅れたのか。

竹内さんによると「皮膚がんや乳がんは欧米に多いので向こうで研究が進んだのですが、欧米に少ない胃がんは日本を始めアジアで研究するしかなかったこと。さらに、乳がんや皮膚がんと違って胃の場合、センチネルリンパ節生検は技術的に難しいというのも一因でしょうね」と語る。

問題は、センチネルリンパ節が胃がんにもあるのか、その生検だけで本当にリンパ節転移の有無がわかるのか、という点だ。とくに日本では、胃がんはリンパ節郭清を含む標準的な手術で、高い治療成績をあげている。それだけに慎重な対応が求められた。

これに対して、同院を含む12の施設で400例以上の患者さん(4センチ以下で、画像ではリンパ節転移がなく、粘膜下層か筋層にとどまる胃がん)を対象に行われた多施設共同研究の結果が出ている。これをみると、色素法とラジオアイソトープ法の併用で、センチネルリンパ節が見つかる率は97.5パーセント、リンパ節転移の正診率は実に99パーセントと出ている。つまり、センチネルリンパ節をとって病��検査で調べれば、99パーセントの確率でリンパ節転移の有無がわかるという結果だったのである。

腹腔鏡によって縮小手術が可能に

こうしたデータをもとに、同院では同じように力を入れてきた腹腔鏡下手術にセンチネルリンパ節生検を導入。陰性ならば、省略とはいかないまでもリンパ節郭清の範囲を縮小し、胃の切除もがんの部位だけを切除する局所切除や分節切除、噴門側胃切除などの縮小手術を行っている。腹腔鏡下に手術を行うので、腹壁の傷が小さく、その分治りが早いのも利点だ。

さらにセンチネルリンパ節生検の安全性を高めるために行っているのが、一塊のリンパ節領域の切除だ。実は、胃がんの場合「偽陰性」が7パーセントほどあることが多施設共同研究でも認められている。偽陰性とは、センチネルリンパ節は陰性、つまり転移がないのに、他のリンパ節に転移があるケースだ。これは、重大な判断ミスになりかねない。

そこで、最低限センチネルリンパ節を含むリンパ領域はしっかりと切除する。万が一、偽陰性の場合でも転移はセンチネルリンパ節が含まれる領域内のリンパ節に起こる確率が高いことがわかっている。そこで、同院ではこの領域ごと切除し、外でその固まりの中からセンチネルリンパ節を取り出している。

Aさんの場合も、部位的にリンパが流れていく可能性が高い小弯側の領域が、胃の切除と一緒に摘出された。こうすれば、万が一転移したリンパ節があっても取り残す危険を避けられる。こうした工夫もあり、これまで同院では600例以上の早期胃がんの患者さんにセンチネルリンパ節生検を実施。陰性と出た患者からは1人も局所再発はないそうだ。しかし、このセンチネルリンパ節生検はまだ臨床研究の段階であり、患者さんによくメリット、デメリットを説明したうえで、この検査を希望される患者さんに対して行われている。

いつか胃がん手術は内視鏡で

センチネルリンパ節生検の対象になるのは、従来の内視鏡治療の適応を外れる早期胃がんで手術前の検査でリンパ節転移がなさそうな人。手術前からはっきり転移が認められる人にこの生検を行っても意味はないからだ。「今、早期胃がんの8割は転移がない」というから、恩恵にあずかる人は多い。

「将来的には、センチネルリンパ節生検で転移陰性ならば、胃切除術を行わず内視鏡だけで早期胃がんを切除するのが目標」と竹内さんは語る。

今のところ、同院では先進医療として病院側の負担でセンチネルリンパ節生検を行っているが、今後縮小手術による患者のQOL(生活の質)の向上と再発率を多施設共同研究で調べていく予定だ。その結果によって、保険認可されることを期待している。


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