新動注療法で、治療法がなかった乳がん皮膚転移を救う!
内胸動脈を徹底的に閉塞
こうした作戦を実行するためにも、内胸動脈は徹底的に閉塞させることが必要となってくる。ここにも、滝澤さんの工夫がある。
これまで、内胸動脈を閉塞する場合は、ここから抗がん剤を入れて閉塞させて、抗がん剤を封じ込めるという形が多かった。そのため、内胸動脈の一部を閉塞するだけでもよかった。
しかし、滝澤さんたちの動注化学療法は意味合いが違う。内胸動脈の一部分だけを塞栓しても、肋間動脈や腹壁動脈から寄生血管が作られ、がんに栄養が送られてしまうのである。
そこで、滝澤さんが使用する塞栓物質は液体で、瞬間接着剤にも使われるぐらい閉塞までの時間が短い。しかし滝澤さんたちは、これにリピオドールという物質を混ぜて8~10倍に希釈し、15秒ぐらいは固まらないようにしている。「塞栓物質がゆっくり末梢動脈まで流れて固まるようにする」ためだ。この方法により肋間動脈や腹壁動脈とのつながりが遮断され寄生動脈の発達を防げるわけである。
血圧を測定するときに腕に巻くマンシェットを使うのも、アイデアだ。鎖骨下動脈に抗がん剤を流すと、腋窩動脈から腕の上腕動脈に流れる可能性がある。これを防ぐために、腕の付け根にマンシェットを巻き、上腕動脈を締めつけて抗がん剤が流れるのを防いでいる。マンシェットの圧は「血圧より高くする」のだそうだ。
縮小率87パーセント
Aさんの場合、高血圧で動脈硬化もあるため、少し時間がかかったが、通常は1時間半から2時間で動脈の塞栓とカテーテル留置は終わるそうだ。
入院期間は4~5日。手術前日に入院して翌々日あたりに退院できる。
効果の現れ方は、かなり早い。「初回治療の翌日にはがんに変化が現れ、1週間で明らかに小さくなります。1~2週間で急激に壊死して小さくなるのです」と滝澤さんは話している。
では、効果はどれくらいの人にあるのか。「これまで42人に動注化学塞栓療法を実施しています。うち30人は再発して他の治療が効かなくなった人です。がんが50パーセント以上縮小した人が87パーセント。変化なしという人はいましたが、増悪した人は1人もいません」と滝澤さん。増悪していくのが���つうだから、効果は100パーセントと言ってもいいかもしれない。
予想以上の効果だ。50パーセント以上小さくなれば、手術などの治療も可能になる。その結果、驚くことに「局所的に完治した人が6名、全身のがんが消えて完治した人も4名いる」そうだ。

Aさんのがんは、1カ月間の治療、すなわちリザーバーからの4回の抗がん剤注入で著しく縮小した。さらに5カ月後にはかさぶたのような瘢痕組織となり、局所効果が現れ、完全消失した。Aさんは治療効果に大変満足した
皮膚症状や悪臭の緩和で、QOLを上げる
患者さんは、乳房の皮膚からがんが飛び出したり、壊死して出血していたり、かなり重篤な人が多い。完治しなかった場合でも、「がんはカサブタのようになって落ちてしまうので、小さくきれいになって、悪臭も消える。それだけで、患者さんは喜んで元気になるのです。延命効果も期待できる可能性があります。緩和医療としても非常に効果的です」と滝澤さんは語る。
合併症は、これまでに1例上腕動脈が血栓で閉塞した例があった。しかし効果はあったので2週間でカテーテルを抜去。がんは縮小し、残存したがんは手術で切除したそうだ。

今、日本乳癌学会での診療ガイドラインでは動注化学塞栓療法はDランク。つまり行わないように推奨されている。しかし、行わずにすますにはあまりに惜しい治療成績だ。緩和医療とはこのように症状が緩和して、かつ希望が持てる治療であるべきではないだろうか。
「やっと実施したいという施設が出てきましたが、カテーテル治療の専門家のみが行える治療である。しかし患者さんのために全国に広まってほしい治療法です。今は動注療法にファルモルビシンと*5-FUを使っていますが、抗がん剤の専門家には動注化学塞栓療法に効果的な薬剤の使い方も研究してほしいですね」
と滝澤さんは語っている。
*5-FU=一般名フルオロウラシル