地球上からリンパ浮腫をなくす「リンパ管細静脈吻合術」
最初の患者さんは完治
実は、リンパ管と静脈をつなぐ手術は60年代からあったそうだ。しかし、結果が悪く、いつの間にか忘れ去られていた。それを復活させたのは、技術の進歩だった。顕微鏡や針、糸などが開発され、微小血管手術が可能になったのだ。
80年代後半には0.8ミリから0.5ミリの超微小血管の吻合もできるようになり、切断された指先をつなぐことも可能になった。形成外科医として、手の外科を専門としていた光嶋さんは、この技術をもっと役立てたいと、リンパ浮腫の手術に挑戦した。ただし、先人はいない。1人で勉強するしかなかった。
穿通枝皮弁による移植法(筋肉を損傷しない乳房再建術)などを開発している光嶋さんにとって、細い静脈とリンパ管をつなぐことは容易だった。最初の患者さんにも恵まれた。90年ごろ、腕の蜂窩織炎をくり返し、仕事を辞めるか悩む患者さんに出会い、最初の手術を行った。腕のリンパ管は切開部から上が詰まってヒモのように変化していた。すぐ側に適切な太さの静脈があったので、リンパ管と2カ所つないだ。それだけで、むくみはきれいにひいた。今から見れば稀なケースだったのだが、この人は弾性スリーブによる圧迫も必要なくなった。
この成功経験が、光嶋さんをリンパ浮腫の外科手術の開発へと進ませたのである。
解けたリンパ管の謎
しかし、道のりは平坦ではなかった。1人で7~8時間もかけてリンパ管をつないだ。しかし、手術は成功しても退院するとまたむくむ。リンパ浮腫は、リンパドレナージや弾性包帯による圧迫など物理療法を組み合わせて症状を緩和するのが一般的。当時の学会では専門家からは、危険な手術と批判も受けた。
なぜ、うまくいかないのか。悩んでいたときに、リンパ管の機能がわかってきた。リンパ管は、ただの管ではなく、逆流を防止する弁があり、自ら収縮して能動的にリンパ液を送っていたのだ。採取したリンパ管を電子顕微鏡で観察し、長期の浮腫が続くと、リンパ管を収縮させる平へいかつきんさいぼう滑筋細胞が変性することを見つけたのもこのころだった。
蜂窩織炎をくり返し、リンパ浮腫が慢性化すると、動脈硬化のようにリンパ管が硬くなり、機能を失っていたのだ。これでは、つなぐだけではリンパ液は静脈に流れない。手術後も弾性包帯などで圧迫して、流れを補助してやればいいはずだ。予測どおり、術後の圧迫によって成績は著しく向上した。
術後の圧迫で成績向上

しかし、こうなるとそれは弾性ストッキングの効果で、手術には意味がないという批判が上がった。そこで、圧迫のみの患者と手術後圧迫した患者で成績を比較した。当時は、太さが判断基準だった。その結果、圧迫のみでは平均1.5年でふくらはぎの太さが0.6センチ減少、4センチ以上減少した人は2名(16.7パーセント)にすぎなかった。ところが、手術後圧迫をすると術後3年強で平均2.7センチ減少、うち半数は4センチ以上減少と、格段の差がついたのである。
こうしてようやくリンパ浮腫の外科手術は、ある程度の理解を得られるようになった。
さらに、状況も変わった。2004年に光嶋さんは東京大学に赴任。世界的に高い評価を得ている彼の技術と精神に惹かれて20人ほどの弟子ができた。そのうち、10人ほどはリンパ管細静脈吻合ができるほどになった。彼らの補助で、1~2本つなぐのがやっとだったのが、1回の手術で10本近いリンパ管をつなげるようになったのだ。
まだ見ぬリンパ浮腫を見つける

新しい評価法の開発も強力な援軍になった。これまでリンパ浮腫の評価は腕や足の太さが基準で、かなりあいまいなものだった。ところが、光嶋さんたちはインドシアニンブルーという試薬を使い、赤外線を照射するとリンパ液の流れが画像でわかることを見つけたのである。インドシアニンブルーは、乳がんのセンチネルリンパ節の検査にも使われる青い色素だ。これを足の甲の真皮に注射し、20分後に赤外線を照射すると、リンパ管に入ったインドシアニンブルーが流れる様子がわかる。詰まったリンパ管では流れが滞り、貯留したリンパ液が白っぽく画像にうつる。
これによって、まだ目立たないごく早期のリンパ浮腫も見つかるようになった。ここで手術を行えば、ほとんどの人で浮腫の悪化を予防できるそうだ。
現在は、「症例によりますが、基本的には浮腫がひどい足は5カ所、いい方もリンパ液の貯留があれば2カ所、ひざ下とひざ上で吻合手術を行う」という。
吻合方法は、リンパ管に穴をあけて静脈をつなぐ、Y型の静脈1本と2本のリンパ管をつなぐ、太い静脈ならば2本リンパ管をつなぐなど、いくつかある。
「その計画には、経験が必要」と光嶋さん。手術時間は平均3時間ほどで、入院は1週間ほど。
地球上からリンパ浮腫をなくす
これまで70例を手術。その成績は、腕では太さが半分ぐらいになり、乳がんの患者さんの3年以上の経過を見ている長期例では18人中5人で圧迫が不要になった。完治といっていい例だ。足では、8割以上でむくみが減少、21例中7例で圧迫不要となっているという。
反面、悪化した人が2名いた。「放射線治療を受け蜂窩織炎をくり返し、両足にむくみがある人が難しい感じがある」と光嶋さんは語る。しかし、こういう吻合術でも治療が難しい人には、健全なリンパ管を移植する方法を編み出した。
最近は、つなぐリンパ管の数も増えたので成績は向上。組織が線維化するので元通りの足には戻りにくいが、ほとんどの人で浮腫が進行しなくなり、蜂窩織炎も起こさなくなる。
「リンパ浮腫の手術に手遅れはありません。合併症の心配もなく、手術によって破壊された平滑筋細胞が再生する可能性もあります。今後は、誰でもこの手術ができるようにしたい」と光嶋さんは語る。そして「地球上からリンパ浮腫をなくしたい」という夢も語ってくれた。
リンパ浮腫の人は、離婚や家族から離れてひっそり暮らすなど、想像以上につらい思いをしている。そういう人が1人でも多く救われることを願いたい。ちなみに、吻合術は保険で認可されているので、手術の自己負担は30万円前後だそうだ。