安全で、体への負担が小さい手術を実現したミニマム創・内視鏡下手術

監修●木原和徳 東京医科歯科大学医学部泌尿器科教授
取材・文●林 義人
発行:2010年8月
更新:2019年8月

海外でも高い評価を受け始めた

98年にこのミニマム創内視鏡下手術を「体に優しい、安全な、コストの優れた手術」として発表したとき、従来の腹腔鏡手術と異なることから、風当たりは強かった。

「『せっかく役に立つ手術を開発したと思ったのに、このまま消えていくのか』と落ち込んだ時期もあります。しかし、時間をかけて周囲の理解を得ることに努め、先進医療として認定され、確実に存在できるようになりました」

06年、厚生労働省より副腎腫瘍、腎がん、腎盂・尿管がん、前立腺がんなどに対するミニマム創内視鏡下手術が先進医療に認定された。08年には、前立腺がん、腎がん、腎盂・尿管がん、副腎腫瘍などで保険適応の治療として認められている。

同病院では、腹腔鏡手術に適応する症例はすべてこの手術で対応している。

最近では欧州泌尿器科学会で高い賞を受け、中国でも手術書が翻訳出版され、世界の目が集まるようになってきた。また国内では、他科でも同様の概念の手術が推進されている。

同病院では、これまでおよそ2千例にこの手術を行っており、09年の1年間で208例が行われている。内訳は腎がん39件、腎がん部分切除19件、前立腺がん87件、膀胱がん21件。手術を受けた患者さんは、他施設からの紹介が多く、現在は6カ月の手術の順番待ちの状態だ。

症例に合わせて創の大きさを調整

写真:切除した臓器は、体内で袋に入れてから取り出す

切除した臓器は、体内で袋に入れてから取り出す。切開が小さいので、前後にゆすりながら少しずつ取り出す

写真:腎臓を包む脂肪と共に摘出した右腎臓

腎臓を包む脂肪と共に摘出した右腎臓。小さな切開からは考えられないほど大きい

手術開始から3時間が経過した。助手を務める医師が、切開から袋に詰め込まれた、脂肪に包まれた腎臓を、前後にゆすりながら少しずつ引き出している。創は摘出臓器が通るギリギリの大きさなのでかなり苦労のようだが、全容が見えてくると中身はずいぶん大きい。

「一般に腎臓はこぶし大の大きさですが、この患者さんは腎臓の周��に脂肪がたくさんついており、また、普通は1本の動脈がこの方には太いもの細いもの数本ありました。また、腎臓を包む脂肪と周囲との癒着も強度でした。とくに丁寧に時間をかけて、剥離や血管の処理を行う必要がありました。この手術は、患者さんの状態や術者の条件に合わせて、必要があれば切開の長さを調整することができます。たとえば経験の少ない医師だったら、切開を少し大きめにして手術を行う空間を広げれば、無理なく安全に手術ができます。標準的な手術ができる医師なら誰でも、安全に行える手術です」

がんの手術では、体への負担が小さい縮小手術が普及しているが、これは早期のがんだけが適応とされている。ところが、従来の、大きく切開する手術が必須とされたような症例にもミニマム創内視鏡下手術は行える。

「巨大な腫瘍あるいは隣接する臓器に浸潤した腫瘍など大きな手術が必要な例にも、その患者さんにあわせた調整を行い、できるだけ小さなオーダーメードの侵襲()にするのがミニマム創内視鏡下手術です」

侵襲=外科手術などによって体を切開したり、薬剤の投与によって体に変化をもたらす行為

「最良質で経済的」は時代のニーズにマッチ

現在、日本では急激な高齢化が進んでいる。しかも新規医療はどんどん高額化している。

「『最良質で経済的』は高齢化社会を支えるキーワードではないでしょうか。高齢化社会になっても、命に関わるサービスは誰もが平等という現在の日本の医療制度の維持に貢献したいというのが私の願いです」

木原さんは、二酸化炭素を使わないミニマム創が、時代の要求に応える手術だと考えている。

「ずいぶんきれいな手術跡だなあ」

医学生たちが縫合し終わった傷跡を見て、感想を漏らしている。つい10数分前、あれほど大きな臓器を取り出したところなのに、そこにはあまり目立たない傷があるだけだった。

この患者さんは、手術の3日後には外出して出社し、仲間とビフテキを食べている。

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