低侵襲で注目の腹腔鏡による子宮体がん手術
不妊症の検査から始まる
腹腔鏡手術は、最初から子宮体がんに導入したわけではない。八幡さんによると、産婦人科では「最初は、不妊症の検査に使われるようになり、卵巣のう腫や子宮筋腫など良性の病気に対する手術法として使われるようになった」のだそうだ。
新潟大学でも、こうした疾患に対して1992~1993年には腹腔鏡下手術を導入していた。これは日本でもかなり早いほうだ。こうした良性疾患に対する腹腔鏡による子宮全摘手術は、すでに健康保険でも認められている。
そこで、八幡さんたちは、2003年から初期の子宮体がんにも腹腔鏡下手術を開始したのである。「子宮筋腫など子宮の良性疾患では積極的に腹腔鏡を使っていたのですが、早期の子宮体がんでも子宮の全摘に加えて、生検のためにリンパ節をいくつか切除するだけなので、良性疾患と手術内容はあまり変わらないのです」と、八幡さんは話す。
魅力的な腹腔鏡下手術だが、がんの場合は、治療の安全性が1番問題になる。
これまで、八幡さんたちは40数人の患者さんに腹腔鏡下の手術を行っている。対象としているのは、1A期。つまり、がんが子宮内にとどまり、1番内側の内膜に限局した早期のがんだ。この段階ならば、まだ転移がないことを生検で確認するために、いくつかリンパ節をとるだけですむ。
今まで、再発した症例は1例だけだそうだ。この患者さんの場合、手術前の検査では1A期と判断されたが、実際に手術して摘出した子宮を調べるとすでにがんは筋層の半分以上まで食い込んでいた。つまり、1B期に入っていた。「MRIで筋層に半分以上浸潤しているかどうかの確認は、9割はわかりますが確定的な診断は、切ってみないとわからないこともあります」と八幡さん。
さらに残念なことに、この人のがんは明細胞がんといわれる転移の起こしやすい稀なタイプだった。そのために、骨盤内で再発してしまったのだ。しかし、統計的にみると現在開腹手術による1期の治癒率は90%以上。八幡さんたちの腹腔鏡下手術も96%になる。「開腹と遜色のない成績」なのである。
さらに、今年3月にはアメリカで腹腔鏡下手術を受けた人と開腹手術を受けた人の予後を無作為に比較する大規模な試験の結果が報告された。結果は術後3年の時点での推定5年生存率はどちらも89.8%。治癒率に差がないことが明らかになった。
また、この中には、1B期や2A期の患者の単純子宮全摘の対象者も含まれているのだそうだ。
このように、1A期など初期の子宮体がんでは腹腔鏡で手術��しても開腹手術をしても、治癒率にはほとんど差がないことが明らかになっている。
肥満は腹腔鏡に不利

では、合併症などはどうなのだろうか? 前述のように、傷が小さく痛みが少ない、入院期間が短く回復が早いというのが腹腔鏡の大きな利点だ。さらに、出血量も腹腔鏡下手術のほうが少ないという。「腹腔鏡下手術の場合は、モニターを通して手術部位を拡大してみることができるので、細かい血管もわかるし小さな出血も目につくので、より精密な処理ができるのです」と八幡さんは説明する。
子宮体がんの手術では、合併症は少ないが、しいてあげれば腸閉塞や感染など。ただ、これらの合併症はどちらの方法でも同等で、ほとんどないそうだ。もう1つ注意したいのが、尿管損傷。卵巣や子宮の動脈は、尿管の近くで交差して存在する。そこで、腹腔鏡で動脈の処置を行うときには、「必ず直視で尿管の位置を確認して行っている」のだそうだ。
メリットの多い腹腔鏡下手術だが、強いてマイナス点を挙げるとすると「手術時間が延びる」という点が挙げられる。開腹手術ならば2時間半ほどだが、同じ手術を腹腔鏡で行うと30分から1時間ほど長くなるという。腹腔鏡下手術は長い柄の先についた器具を操作して、2次元のモニター画面をみながら行う(写真7)。慣れない術者が行うと、ひと針縫うにも20分ぐらいかかることもあるそうだ。
また、肥満は腹腔鏡下手術の妨げになる。お腹の皮下脂肪は、器具の操作性を悪くし、内臓脂肪は視野を悪くするそうだ。新潟大学でも1例だけ開腹手術に切り替えた例があったという。
安全性を考慮しつつ普及を

八幡さんの病院では、子宮体がんの腹腔鏡下手術はすでに2008年7月から先進医療として認められているので、入院や検査などは保険が適応される。施設によって費用は異なるが、新潟大学の場合は、手術にかかる材料費だけが自己負担になるそうだ。
しかし、子宮体がんのガイドライン(婦人科腫瘍学会)では、腹腔鏡下手術は標準治療とはされておらず、臨床的に応用するのは早いとされている。しかし、国内外でデータが集まってきたので、「おそらく次回改定されるときには、もっと積極的に行ってもいいという方向になると思います」と八幡さん。
「今は、腹腔鏡下手術が可能な人の7~8割が腹腔鏡を選ばれます。しかし、お金がかかるのならばと、開腹手術を選ぶ人もいます。保険が通れば、受けやすい治療になるはず」と付け加える。そのために、今は先進医療の認可を受ける施設を増やしているところだそうだ。
ただし、腹腔鏡で子宮を摘出するのは、婦人科では難易度の高い手術。
実際に治療を受ける場合には「内視鏡手術の技術があって悪性腫瘍の治療もできることが望ましいでしょう。そのためには、内視鏡学会の技術認定医の資格を持ち、婦人科腫瘍専門医のいる施設で受けることが勧められます」と八幡さんはアドバイスしている。不妊治療の医師が最初に腹腔鏡を使い始めたので、腹腔鏡を使わない腫瘍専門医も多いのだそうだ。
そして、「うちでは1A期が適応ですが、1期全ての患者さんに適応を広げたいですね。そのためには、開腹手術と同じことが全てできるようにならないと」と話す。それも技術的にはそう難しいことではないそうだ。腹腔鏡下手術が標準治療の1つになる日もそう遠くはないのかもしれない。