さらなる低侵襲を可能にした、がんの腹腔鏡下肝切除手術

監修●金子弘真 東邦大学医学部一般・消化器外科主任教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年10月
更新:2019年8月

傷口も小さく、回復も早い

[腹腔鏡下肝切除の適応範囲]
腹腔鏡下肝切除の適応範囲

適応をきちんと判断し安全に切除することが大切だ

[開腹手術と腹腔鏡の傷の違い]
開腹手術と腹腔鏡の傷の違い

開腹手術と比べ傷も小さく回復も早い

腹腔鏡下手術は開腹手術に比べて患者さんの負担が少ないことが大きなメリットとなる。

開腹肝切除術の場合、肝臓は大きな臓器なので、腹部を一直線に横に開けたり、部位によっては胸まで同時に開き30~40㎝も切開することもある。そのため、腹直筋などおなかを支える筋肉を切断しなくてはならない。また「大きく開けると、腹水がおなかに入れたチューブ管(ドレーン)から持続的に排泄され、そのドレーンがなかなか抜けず、肝機能や術後の回復も遅い」と金子さんは話す。

手術中に出血のコントロールができず、腹腔鏡下手術から開腹に移行した例も数例あったが、肝臓外科医なので問題なく手術は終了した。

「どのタイミングで開腹に移行しなければならないか、そのポイントが重要です」と金子さん。ベテラン肝臓外科医だからこそ、続けてこられたのである。

そして症例を重ねているうちに、腹腔鏡下手術の安全性がしだいに明らかになってきたが、それは技術的な面と平行して熱エネルギー機器などが進歩したことも大きかった。

治療成績は開腹手術と同等に

肝切除で最も怖いのは出血。金子さんたちも、腹腔鏡下手術を始めたころは、肝臓の切離線をしっかり決めてから同部位を慎重に切離し、細かく血管をクリップで止めていた。しかし、近年様々なエネルギー機器が開発され、比較的安全に肝臓を切離できるようになった。

また、肝臓内の血管の走行は個人差が大きいが、あらかじめ3DのCT画像で確認し、画像を回転させながら、どのルートでがんにアプローチするか、手術前シミュレーションまでできるようになった。

さらに「腹腔鏡だと手術視野が拡大して見えるので、むしろ開腹手術より出血や胆汁の漏れは少ないように思えます」と金子さんは言う。

海外では当初肝臓の良性疾患を対象に腹腔鏡下手術が行われることが多かったが、次第にがんが中心になっていた。一方、日本では腹腔鏡下肝切除開始当初から、その対
象疾患は肝がんであった。金子さんは2004年に世界でいち早く肝がんに対して腹腔鏡下手術のほうが出血は少なく、歩行開始、食事開始が早いこと、また入院日数は短く、患者さんに低侵襲で、合併症と再発率は開腹手術と同等と報告している。

保険適応され、普及が進む

手術はモニターを確認しながら、慎重に行われる

手術はモニターを確認しながら、慎重に行われる

こうした結果をもとに、日本でも肝がんの腹腔鏡下手術に保険が適応されるようになり、急速に広まりつつある。これも、金子さんの大きな目標でもあり、長く真摯に活動してきた結果であった。

今では長期的な予後も開腹手術と変わらないことが認められている。右葉を開腹手術で切除して再発。2回目の手術を腹腔鏡で受けたある患者さんは、金子さんにこう言ったそうだ。

「今回の腹腔鏡下手術が前回の開腹手術に比べこんな楽な手術だとは思わなかった。この次、手術があるとすれば、腹腔鏡でお願いします」

珍しい経験をした患者さんからの極めて貴重な意見であったと金子さんは語る。

これまでに行った腹腔鏡肝切除術は19年間で200例以上。保険で認可されてからは開腹より腹腔鏡の手術のほうがやや多くなってきている。基本的には、5~6㎝までのがんが適応だが、多少大きながんでも7~10㎝ぐらい切開して行う腹腔鏡補助下、すなわち開腹と腹腔鏡を組み合わせた手術も行っている。

最近は適応も徐々に拡大され、区域単位や肝臓を半分くらい切除する葉単位の切除も行っている。

ただし、「20年近くかかってやっとここまできたという感があります。ただ腹腔鏡はすべての肝切除術に対応できるものではありません。肝硬変で手術ができない人はいますし、場合によっては開腹手術のほうが安全なこともあります」と金子さんは語っている。

安全性が全てにおいて優先するというのが金子さんの考え。腹腔鏡下手術は、技術と豊富な経験に裏打ちされたもの。そういう医師を選ぶこともポイントになりそうだ。


1 2

同じカテゴリーの最新記事