地域連携も含めた、切れ目のない緩和ケアを目指す
緩和ケア科は黒子 主治医自身が緩和ケアを
服部さんは緩和ケアについて、次のように語る。
「理想的には、緩和ケア医は主治医、担当医すべてが緩和ケアを身に付けたら、消えていく専門性だと思います。大事なのは看護や社会的なサービス、心理面のサポートなどです。
主治医に『これ以上治療はできないから緩和ケアに行きましょう』と言われたら、患者さんはショックでしょう。患者さんは最期まで主治医に診て欲しいと思っていらっしゃいます。その願いを叶えるために、緩和ケア科は黒子となり、看護師やMSWらが主治医をバックアップする環境作りが大切だと思います。もちろん、その前提には、がん医療に関わるすべての医師が緩和ケアの基本的なことをできるようになる必要があります」
緩和ケア研修を修了した医師に「バッジ」
2015年3月、厚生労働省はがん診療連携拠点病院(全国約407カ所:2014年8月6日時点)に対し、17年6月までにがん医療に携わるすべての医師は緩和ケア研修を修了するよう求め、それを実現するための「完了計画書」を都道府県に提出するよう通知した。
現在(15年2月)の拠点病院の平均受講率は45%ほどだが、今後2年間で着実に緩和ケア研修を受けた医師が増えることになる。また、研修修了者であることを患者さんや家族にわかりやすく知らせるため、研修を受けた医師には「緩和ケア研修修了者バッジ」を着けてもらう取り組みも始まる。
◆最期の安らかなひととき◆
ツィゴイネルワイゼンに涙した父の心に応えるために


3月13日昼、がん研有明病院の11階サロンには点滴スタンドを引きながら、あるいはベッドに寝たまま看護師に押されながら、たくさんの患者さんたちが集まってきた。きょうはバイオリニスト白井麻友さんのミニコンサートの日だ。
その中に窓際のベッドに横たわり、半ば目を閉じている服部文雄さん(74)がいた。脇に立つ白衣姿の医師は服部政治さん。服部さんの父親は末期の���がんだ。「人の命はいつなくなるかわからない。今、この機会があることに感謝しています」
白井さんのバイオリンからきれいな音色が流れ始めた。目を閉じて聞き入る人、目に涙を溜める人、乗り出すように耳を傾ける人――みながその世界に引きずり込まれた。曲はツィゴイネルワイゼンになった。服部さんには文雄さんが反応しているのがわかった。クラシック音楽好きの文雄さんが数日前にリクエストした曲だからだ。感情が高ぶったのか、泣き顔のようにも見えた。
プログラムが終わろうとするころだった。「『故郷(ふるさと)』をお願いします」と車いすの女性が声をあげた。白井さんはやさしい笑顔でうなずくと、即興で奏で始めた。フロアからは感極まったようなすすり泣きも聞こえた。ある患者さんは「治療に前向きになれます」と話して病室に戻っていった。
服部さんは医師と患者家族という2つの立場から言った。
「一般の方々は奇跡を信じるでしょうが、私は医療者ですから父の近い将来が見えています。一番避けたいのは苦しい思いをさせることです。プライドの高い父が『済まないね、済まないね』と言い続けています。親族を呼んで、傍にいる、手を握るといったことを最期まで続け、安らかに逝ってもらいたい」
相手の心と体の安寧を最優先した治療は、対象が身内でも患者さんでも変わることはない。