小さな傷、小さなダメージ真の低侵襲を目指して

取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2013年8月
更新:2019年7月

当初、現場は反対ムード

取り出されたリンパ節

だが、まだ医療スタッフの反応は否定的だった。

「道具もなければ技術も未熟。開腹すれば2~3時間でできる手術に6~7時間かかっていましたから、完全に反対ムードでした」と小嶋さんは振り返る。

取材や見学が増えて医療スタッフの理解が得られるまでには4~5年かかった。

「まさか、国をあげて内視鏡や腹腔鏡手術が推進される時代になるとは思ってもみませんでした」

その中で1つの転機になったのが、アメリカ留学だった。後輩に腹腔鏡手術の技法を指導して出発。3カ月後に帰国すると、「すごく後輩が上手になっていて、腹腔鏡手術がやりやすくなっていたのです」

少し大きく広げた穴からがん病巣部分を摘出。がんは食道との境目にできていた

腹腔鏡手術は、手術を行う医師、腹腔鏡を扱う医師、補助する医師、さらに看護師などチームワークで行う手術だ。

「術者の経験を積むと、術者が思っていること、考えていることがわかるようになるのです」

そうなると、カメラの位置や向き、補助の仕方など全てがレベルアップし、手術が円滑に進むようになる。ここから、小嶋さんは教育の重要さを再認識し、教育システムを作っていくのである。

腹腔鏡手術の方向性

モニターに映っているのが、食道と小腸の吻合に使ったタバコ縫合機。これは、小嶋さんらが開発した

この間、腹腔鏡手術の対象も技術も大きく進歩した。

「当時、内視鏡手術はまだ内視鏡的粘膜下層剥離術ではなくて、内視鏡的粘膜切除術(EMR)という方法しかありませんでした。ですから、早期で今ならば内視鏡手術の対象になるような人が、腹腔鏡手術の対象でリンパ節転移はほとんどありませんでした。しかし、今では腹腔鏡で最初からリンパ節転移の可能性が高い患者さんを手術しなくてはならないのですから、大変です」と小嶋さん。今は、腹腔鏡で早期から進行がんまで手術するところもあるが、小嶋さんは「基本的にガイドラインに準拠しています」という。

つまり、ステージⅠB期までで、進行していても筋層か漿膜までにとどまり、リンパ節転移がない患者さんまでが対象。実際に早期がんが7割以上を占めているそうだ。

一方、腹腔鏡手術では新たな手法も注目されている。すでに、早期胃がんに対する腹腔鏡手術は開腹手術と比較しても再発率に差がないこと、出血量も少なく、合併症の発生率にも差がないことが明らかにされつつある。

小嶋さんによると、「癒着がひどくて開腹手術に移行するといったことはありますが、思わぬ出血や手術で臓器が傷ついて移行するということは少なくなった」そうだ。たとえば、全国統計では幽門側胃切除で術中合併症が起こる率は1%前後、そのため開腹手術に移行する人は0.5%ぐらいだそうだ。

腹腔鏡手術のデメリットといわれた手術時間も、「術者によりますが、たとえば幽門側胃切除と再建術を行った場合3~4時間ほどで開腹手術とあまり変わりません。若い医師が行うと5時間ぐらいかかることもありますが、手術の質は変わりません」

入院期間も10日~2週間だったのが、今は5日~1週間ですむ。こうした進歩を背景に、最近ではポート(腹腔鏡や機器を挿入する穴)の数を減らしたり、穴を小さくする、あるいは穴を1個(単孔式)にするといった試みも進んでいる。

だが「この部分に関しては、積極的には行っていません」と小嶋さんは言う。なぜか。

「穴が少なくなれば技術的に難しくなります。そうなると、若い医師に行わせることができず、習得のハードルが高くなってしまう。それでは、教育機関としての使命を果たすことが難しくなるのです」

もう1つの理由は、穴を減らしてより低侵襲になるという証拠がないことだ。

「穴を減らせば整容性はありますが、入院期間が短くなるとか、炎症が少ないとか、そういう証拠はないのです。ダヴィンチによるロボット支援手術も同じです」

より低侵襲な術式ならば、トライしなければ患者さんに申し訳ないが、ただ整容性が高いだけで若い人が習得しにくくなるのではトライする十分な意味がない。今後の機器の進歩により定型化されることが必要であろうというのだ。

実質の標準治療

腹腔鏡手術はチームワークで行う手術。手術を行う医師、腹腔鏡を扱う医師、補助する医師、看護師のすべてがレベルアップすることで、手術を円滑に進めることができる

小嶋さんが目指しているのは、腹腔鏡手術を定型化して手術時間を短縮することだ。「幽門側胃切除は、ある程度定型化していますが、全摘や噴門側胃切除はまだまだなのです」

2010年の大学病院などDPC病院を対象としたデータでは、ステージⅠ期で幽門側胃切除を行った7000数百例のうちほぼ半数が腹腔鏡手術だった。つまり、ガイドラインでは研究的治療とされているが、早期では事実上の標準治療になっている。

しかし、全摘、噴門側胃切除となるとためらう施設も少なくない。これをなくし、早期がんならば部位によらず標準治療として腹腔鏡手術をできるようにすること、進行がんに関してはどこまで適応が広がるか、臨床試験で検証が行われている。

小嶋さんは、より安全確実に手術ができる機器の開発も行っている。この日の手術でもコードレスの超音波凝固装置が試用されていた。再建時に食道と小腸の吻合に使った組立式タバコ縫合機(糸を通して巾着状に縫合する器具)も小嶋さん達が開発したもの。バラバラにして腹腔内で組み立てることができるので、「余分な穴を開けなくてもすむようになった」そうだ。こうした工夫は、まだまだ必要だ。

腹腔鏡手術をより安全確実な治療にしていくことが、700例以上の腹腔鏡手術を行ってきた小嶋さんが目指す課題なのである。

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