高度な技術と情熱で乳房を美しく甦らせる!

取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2013年11月
更新:2014年2月

「乳房再建のデメリットをなくしたい」

しかし、佐武さんは最初から乳房再建を目指していたわけではない。

最初は精神科医を目指していたが、医学生時代に救命救急センターで研修中、重度の熱傷患者さんを担当したのがきっかけで形成外科医になった。

しかし、形成外科は扱う範囲が広い。全身管理を学ぼうと外科に入局。乳がん手術も行うようになった。それがきっかけだった。

「温存手術も始まっていましたが、まだハルステッド手術(胸の筋肉まで切除する術式)も行われていた時代」。がんの摘出で失われた乳房はそのまま放置されていた。

患者さんの心の痛みも癒えなかった。ここから、乳房再建術を学び始めたのである。大きな刺激を受けたのが、現東京大学形成外科教授の光嶋勲さんだった。

自家移植による乳房再建といえば、日本では腹部か背中の筋肉と皮膚、脂肪に血管をつけた「筋皮弁」を使うのがふつう。筋肉を走る血管は太いので、つなぐのも容易だ。

だが、背中の広背筋や腹部の腹直筋を一部とはいえ切除すれば、デメリットもある。広背筋は使わないと萎縮してくるので、やがて再建した乳房は小さくなる。腹直筋を損傷すれば、腹圧がかかるときに腸が飛び出すこともある。腹筋と背筋のバランスが崩れて腰痛を訴える人も多い。つまり、乳房再建というメリットを得るために、別のデメリットを抱えなければならない。それが、佐武さんには納得できなかった。そのとき光嶋さんが開発した穿通枝皮弁を知ったのである。

穿通枝皮弁は皮膚と脂肪に穿通枝という血管を付けた組織。これならば、筋肉を損傷することなく乳房を再建できる。だが、日本には学ぶ場所がなかった。

穿通枝の太さは0.5mmほどしかないので、つなぐのが難しい。そのために、日本では危険が大きいと言われ、乳房再建に応用したのは欧米の方が早かったのである。そこで、佐武さんは米国ロサンゼルスで世界的な名医に穿通枝皮弁による再建術を学び、日本人向けにアレンジして乳房再建を始めたのである。

難しい希望こそ技術向上に

「患者さんが何を求めているか」を考え、穿通枝皮弁の採取部位など、それぞれの患者さんに合った乳房再建を行う

「私はそ��なに器用なほうではありません」という佐武さんは、ネズミで何度も細い血管をつなぐ練習をしたそうだ。人では、指の血管をつなぐマイクロサージャリーから始めた。

その上で「患者さんの求めに応えられればいいのではないか」と、2000年に穿通枝皮弁による乳房再建を開始したのである。

まだ日本では抵抗もあったが、まず患者さんが求めてきた。その中には、一般的な方法では不満で調べ上げた末に穿通枝皮弁にたどり着いた人もいる。

しかし、「こういう患者さんこそチャンスなのです」と佐武さんは言う。難しい希望でも何とかそれに応えようと真剣に立ち向かっていると、乗り越えたときに必ず技術が向上し、他の問題もクリアできるようになっているというのである。

もう1つ移植で大事なのがプランニング。患者さんが何を求め、それに対して何ができるのか。外来でよく相談して手術までにしっかりイメージを作っておく。

「これで全体の8割は終わっています。実際の手術は2割程度なのです」

こうして研鑽した技術と経験を駆使して、佐武さんは患者さんそれぞれに合うテーラーメイドの乳房再建を行っている。穿通枝皮弁を採取する部位も、腹部や背中だけではなく、お尻や太もも、鼠径部など13カ所あり、それぞれの特徴を生かして乳房を再建する。

若い人の張りのある乳房ならばお尻の脂肪から、妊娠出産の予定があるならば腹部の脂肪は使わない、といった具合だ。また、体重の増減によって、作った乳房が大きくなったり、小さくなることもある。そこで、抗がん薬など治療予定も考えて再建計画を練る。

それだけでも十分に見えるが、佐武さんはまだ満足していない。皮弁の採取部位に傷跡が残るからだ。

「傷がなく、きれいな胸ができて、かつ一緒に腹部や太ももの余分な脂肪がとれる。それがゴールだと思います」と佐武さんは語る。

実は、このゴールが目前に迫っている。乳房全摘後の乳房にBrava(体外式エキスパンダー)という器具を装着して皮膚を伸展させ、そこに太ももや腹部から吸引した余分な脂肪を注入する。いわば、脂肪吸引と乳房再建を合わせたような技術だ。

すでに、佐武さんも研究で実施しているが「この方法が近い将来は、乳房再建の中心になるはず」と語っている。まだ乳房再建を行っていない病院もあるが、技術は著しい進歩を見せているのである。

マイクロサージャリー=手術用顕微鏡を用いて行う超微小手術

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