丁寧な切除が生み出す 安全で負担軽減の肝がん手術
肝がん手術の師匠
肝がんの手術は1985年を境に劇的に変わったという。
肝臓の手術が始まったのは今から60年ほど前だが、当初は右(右葉)と左(左葉)に分けて、がんの存在する葉を丸ごと切除していた。肝臓は半分しか残せなかったのだ。その後、切除範囲は全体を4分の1に分けた区域という単位となり、1985年に現在の標準療法である8分の1の亜区域切除になった。
この亜区域切除を世界で初めて実行したのは、高山さんの師匠にあたる日本赤十字社医療センター院長(当時国立がんセンター)幕内雅敏さんである。
高山さんはこの手術法の意義を次のように解説する。
「肝臓に最も多くの血液を供給している門脈という血管は、肝臓に入って主要な8つの枝を伸ばしているのですが、各1本の枝が栄養する部分を1つの領域として亜区域と呼びます。つまり肝臓は8つの亜区域に分けることができ、私たちは患者さんへのご説明の際には、それを分かり易く「番地」と呼び換えています。肝がんは、この門脈の血流に乗ってしばしば肝内転移を起こします。それを見込んで、肝がんの手術は再発抑制の目的で、原発巣の存在する1~8番地の亜区域を丸ごと切除するのが基本形となっています。これによって、出血量が大幅に少なくなったのはもちろん、肝臓の大部分を残せるようになり、肝がんの手術成績は飛躍的に向上したのです」
手術の可否はがんの大きさと個数、肝機能の3つの要素で決まる。
肝硬変があり、肝機能が著しく低下しているなどの理由で、手術可能な肝がんは全体の3分の1ほどだ。がんが複数の亜区域にまたがって存在している場合は、複数の亜区域を切除することもある。この術式は「幕内術式」という呼称で呼ばれ、世界中で採用されているという。
高山さんはもともと開業医志望だったが、この幕内さんとの出会いによって「医師人生は激変した」という。
1987年、半年間だけの研修を積むつもりで国立がんセンター(現国立がん研究センター)の門をたたき、幕内さんと出会った。外科医の命運は最初の3年間で決まるという謂れがあるそうだが、まさしくそんな運命的な出会いだった。
当時、肝がんの手術を数多く施行していたのは国内では2~3施設、医師も数人しかいない時代だった。その1人である幕内さんに見込まれた高山さんは、肝臓外科の奥深さに魅了されてしまった。
後に幕内さんが世界初の成人生体肝移植の成功など画期的な業績を挙げ、東大教授に就任してからも高山さんを右腕として招聘し、師弟関係が続いた。
世界的偉業「高山術式」開発
その国立がんセンター時代だった1994年、当時医長だった高山さん���世界的な偉業を達成している。
肝臓の奥深く、背中側にあって、術者からは見えない、肝臓の芯にあたる部分に存在するがんの亜区域切除に成功したのだ。尾状葉という部分で、1番地にできたがんだ(図1)。
長らくここにがんがあって肝硬変を合併している場合は、手の施しようがない、と諦めるのが普通だったが、当該の手術では腫瘍がイメージしていたより浅い位置にあり、予定を変更してアプローチの経路を変え、今までとは違った工夫をせざるを得なかった。こんな偶然の所産もあったのだが、世界で初めてこの尾状葉単独切除に成功した。
リンゴの実には手を付けずに、芯の部分だけを取ることができたのだ。世界中でまだ誰も成功していなかった。これを1週間で論文にまとめ上げ、米国の一流医学誌に掲載され、これが認められて、「高山」の名が冠された術式となった。
トップレベルの原動力は「手術」というより「頭術」

出血量が少ないというメリットは何か、高山さんに聞いた。
「1番大きいのは患者さんの負担が軽く、手術後の経過が格段に良いことです」と高山さんは答える。表情には手術の疲れはまったく見えない。肝臓外科医として長時間の手術にも耐えられるように、ほぼ毎日数キロ走って鍛えているのだそうだ。
「私たちのチームが行う肝切除の平均出血量は400㎖以下ですから、輸血の必要もありません。駅前で行われている献血の採血量以下に出血を抑える。それが私たちのモットーになっています」
5年生存率が他施設平均より10ポイントほど高いのはこのことも寄与しているのかもしれない。
高山さんが母校の日大医学部に教授として招聘されたのは2001年だ。東大時代から比べると年間症例数はいかにも少ない。苦戦は数年間続いたが、先に挙げた実績が次第に浸透し、他の医療機関からの紹介が年ごとに倍増。雑誌や新聞などの記事を見て、直接問い合わせてくる患者も増え、2008年には肝がん切除数が126例となり、ついに全国1位となった。現在もその位置をキープしている。さらに、肝胆膵がんの切除数に領域を広げても、2011年に手術総数は年間302例でトップとなった。
高山さんのこれからの目標は「肝臓外科には世界のトップ8と呼ばれる医療機関があって、その中に入ること」
そのためには、臨床上の業績もさることながら、世界をリードする臨床研究が必要だという。そのことを70余名の医局員に口うるさく言っているのだという。
「多くの患者さんのためになる手術法などは、知恵の集大成によって生まれたり、改良されたりします。その意味で、肝がんの手術は『頭術』と言えるのかもしれません」
