患者さんの声に心を震わせ、不可能を可能にするブラック・ジャック

取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2014年4月
更新:2015年8月


病気がマイナスにならないように。人生を楽しめるように

今後について光嶋さんは、「超微小血管外科は、数百μの単位になり、移植は組織移植からランゲルハンス島や神経などの細胞移植に変わるのではないでしょうか。リンパ管移植も平滑筋細胞移植になるかもしれません。穿通枝皮弁は、鼠径部なら採取が早いし傷痕も目立たないので増えていくでしょう。そのうち、大腿部の穿通枝皮弁も局所麻酔でとれるようになるのではないか」と語る。

実際に、カラードプラーエコーで穿通枝の位置がピンポイントでわかるようになってきたそうだ。そこに局所麻酔をすれば採取できる。

再建では「美容再建」が注目されているという。例えば、リンパ液が貯留すると脂肪もどんどん増えて足が太くなる。リンパ管細静脈吻合術に脂肪吸引を併用すればより美しくなる。顔面再建でついでにちょっと皮膚を吊上げれば若返り効果もあるといった具合だ。より美しく再建する方向へと時代は進んでいるのである。

光嶋さん自身は「発展途上国で治療できずに悲しんでいる女の子に、再建術をしてあげたい」と夢を語ってくれた。

ケーススタディ 一時は再建難民になるも 機能・見た目に違和感なく再建

A子さん(61歳)は、40歳の時に左の上顎洞がんを摘出し、放射線治療と動注療法による抗がん薬投与を受けた。

「術後はとにかく痛みがひどかった」という。顔も大きく変貌した。上顎洞が空になって鼻の脇が落ち窪み、口の左側が閉じない。口が乾くこと以上に汁物がこぼれて飲み込めないのが苦痛だった。奥歯も2本抜いたため他の歯もグラグラになり、ずっと右側の歯で咀嚼していた。

同じ病院で5回再建術を受けたがはかばかしい効果はなかった。肩甲骨と広背筋皮弁を使って上顎の再建を試みたが、感染を起こして失敗。「化膿した液が鼻と口から漏出するのでマスクと拭き取りの綿球とティッシュをいつも山のように持っていた」という。

結局、再建術によって前より状態は悪くなった。担当の形成外科医は「勉強に」と他の大学病院に移動してしまった。「食べられない、しゃべれない、人前に出られない。いったい私はどうなるの」。医師任せにはできないと悟ったA子さんは必死で専門医を探した。たどり着いたのが、光嶋さんだったのである。

経過を聞くと、光嶋さんは「ひどいなあ」と一言。うつむくA子さんに「きれいに治してあげるよ」と言ってくれた。

それから4年。A子さんは今日7回目の手術を受けた。最初は、鼠径部から穿通枝皮弁をとり���凹した左の鼻の脇を盛り上げた。「鏡を見たら、頬にピンポン玉が乗っていたのでビックリ」とA子さん。その後も顔の拘縮や変形を皮弁で修正し、脂肪も注入した。

「回数を重ねるごとに顔が変化し、唇も手術で閉じるようになりました。周囲の反応で変化がわかるのです。今日の結果も楽しみ」とA子さんはうれしそうに話す。

唇のくぼみは、眼科用の細いメスを使ってジクザグに縫う。光嶋さんによると「マイクロZ形成術」といって将来爆発的に広がるだろうという。今日は鼻翼と周囲の瘢はんこん痕の修正だが、いずれ光嶋さんは、骨を移植してインプラントの歯を入れ、少しめくれ上がった唇は裏に組織を足して下げるつもりだ。

医師次第で再建術はこうも違う。光嶋さんは医師のスキルアップと知識の向上を問い、A子さんはがん手術が終わった時点で形成外科など必要な他科と連携をとって欲しいと語っている。

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