自由な発想を現実に。イノベーター泌尿器外科医の挑戦

取材・文●伊波達也 医療ジャーナリスト
発行:2014年5月
更新:2015年8月


ロボットが手術するのではなく、医師が最新型ロボットになる

昨今、泌尿器分野の手術では、圧倒的にロボット手術「ダヴィンチ」が話題の中心だ。12年4月から保険適用になった同手術は、術者が患者さんから離れたコンソールと呼ばれるモニターに向かい、手術用器械を操作して手術をする。木原さんは、ダヴィンチとロボサージャリーを比較する。「離れた場所で遠隔操作をするダヴィンチは言ってみれば、正太郎少年がリモコンで操作して動かす『鉄人28号』型。ロボサージャリーは、術者自身がロボットとなって動く『鉄腕アトム』型と言えます」

また「ダヴィンチ」のメリットは認めつつもこう苦言を呈する。「『ダヴィンチ』が、立体の視野と人間の手以上に自由自在に動く指を実現したのはすばらしいことです。しかし、術者の触覚を奪ってしまった点と、高額な器機や維持費、高価な使い捨ての器具はデメリットだと思います。超高齢化社会が叫ばれる中、このような高額治療を保険診療で賄っていたら、国の医療費は逼迫するばかりです」

木原さんが考える医療のコンセプトは、患者さんと社会のためになる医療だ。「医療は患者さんと社会の幸せに繋がるべきです。日本は医療の平等性において世界に冠たる国です。これから超高齢化社会が更に加速するなかで、不必要なコストは減らし、国民皆保険を維持していくことが我々医療従事者の使命だと思っています」

「3カ月前と同じことはしない。パイオニアでないと意味がない」

木原さんは常に、数々の手術器具を考案してきたイノベーターでもある。その精神は、木原さんの教室にも浸透している。「週3回、早朝のカンファレンスでは常に新しいアイディアや改善を求めています。3カ月前と同じことはしない。常に変化していこうと言っています」

そんな気風の中では、新しいアイデアも出る。先の手術中にも行っていた腹膜鞘状突起切断法は、同科准教授の藤井靖久さんが考案した。これは前立腺全摘除術を受けた患者さんの約25%に起こる合併症の鼠径ヘルニアを腹膜先端の鞘状になった部分を切除して防ぐ手術法。この手術により鼠径ヘルニアの合併症を0.9%まで減らした。

「今の僕があるのは教室の皆のおかげです。時勢に逆らう発想をして激しい反発を受けることも少なくない。僕1人だったら折れていたでしょうね。そんなとき『先生やりましょう』と言ってくれる。だからこそ世界に唯一無二のオリジナルを出していこうと思えます。でも一方で、教室の皆を間違った方向へ道連れにしたらどうしようと、夢で飛び起きることもありますよ(笑)」

真の低侵襲を追求し続ける

木原さんには患者さんのために考えている治療に対する2つのポリシーがある。「再現性のある手術と低侵襲で���。名人にしかできない手術では意味がありません。誰でもできる手術をいかに考案していくか。そして、鏡視下手術が普及して以降、患者さんにやさしい低侵襲治療が叫ばれていますが、傷の縮小だけをもって低侵襲というのは違います。表面の傷のみならず臓器を充分保護することが真の低侵襲です」

木原さんが考案する治療のなかに、無阻血による腎臓部分切除がある。腎血流を遮断せずに手術を行い術後の腎機能保持を狙う方法だ。腎機能が悪かったり、片方しか腎臓がない人にとっては福音となる。

この4月からは同院院長に就任した木原さん。自らの病院の方向性に目を配りながらも、患者さんと明日の日本のためになる医療に熱いまなざしを向け続けるだろう。

手術開始から4時間弱が経過した頃、小さな穴から無事に前立腺が全摘出された。出血量はなんと100ml以下だった
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