患者さんに適切な治療を受けてもらうため、障害となるすべてと闘う

取材・文●軸丸靖子 医療ライター
発行:2014年6月
更新:2019年7月


肺がんしか診られなくて良いのか

腫瘍内科医は複数の領域に精通しているべきといっても、実際のがん医療は1領域を極めるだけで大変な研鑽を必要とする。佐々木さん自身、先駆者として模索を続けてきた。

大学を卒業し、入局した呼吸器内科で肺がんのグループに所属して、さっそく壁に当たった。肺がんの3分の1は他の臓器からの転移だ。佐々木さんたち呼吸器内科医には肺がんの治療は行えても、他の原発巣や転移巣を診ることはできない。それで果たしてがん患者を診ているといえるのか。

肺がん化学療法を学ぶために国立がんセンター中央病院(当時)に国内留学して、参加するようになった米国臨床腫瘍学会(ASCO)では、友人になった米国人医師に「なぜ肺がんという狭い領域でやっているのか」を問われ、答えを返せなかった。米国の腫瘍内科医は、サブとして専門領域を持ってはいても、固形がんから血液がんまでがんであればオールマイティに対応できるのが当たり前だったのだ。

複数のがんに対応できる腫瘍内科医を目指し始めた佐々木さんは、原発不明がんの研究にも取り組み、抗がん薬が効くタイプとそうでないタイプがあることを突き止めて論文発表もした。不明という名前にごまかされがちだが、原発不明がんは実は日本人のがんの上位10番前後に入るメジャー疾患だ。100人のがん患者を診療していれば5~6回は遭遇する。

しかし、日本では原発不明がんの疾患概念すら知らない医師が少なくない。薬物治療はある程度体系化されているが、その実践も容易ではない。臓器疾患として捉える視点と、がん疾患として捉える視点の両方を持っていなければ、全体像が把握できないのだ。

「がんなのは確かだけれど原発巣が分からないから、といって検査を繰り返すうちに患者さんを亡くしてしまったというケースはいまだに多いのです。原発不明がんと診断はできても対応できない病院はさらに多い。前任の埼玉医大には、がん専門病院から原発不明がんの患者が紹介されてきていました。原発不明では担当できる診療科がないというのです。そんなことが許されるわけがないでしょう」

臨床試験にアクセスする権利

ここで、医学界とはそんなもの、と諦念ぶるのではなく、憤り、正論をぶつけて闘うのが佐々木さんのやり方だ。

埼玉医大時代、セカンドオピニオン外来で対応した約300人の患者が、誰一人として新薬の臨床試験の情報を得ていなかったことにも正論をぶつける。「患者さんには、適正ながん医療を受ける権利があるとともに、それがうまくいかなかった場合は治験という情報にアクセスする権利がある。被験者になる、ならないは別にして、情報を得る道を閉ざしてはならないのです」

いまの日本では一握りのがん専門病院に治験や研究資金が集中していて、それ以外の病院にかかる患者��被験者になるのは容易ではない。その道をこじ開けようと奮闘するのが「闘う腫瘍内科医」たる佐々木さんなのだ。

実際、昭和大学病院腫瘍内科には、臨床試験に参加して、新薬による治療を試みている患者が何人もいる。佐々木さんが所長を兼任する腫瘍分子生物学研究所で行う研究に参加する患者もいる。1人ひとりの患者により有効な治療を選択できるように、副作用を避けられるように、その薬に耐性が生じても次の戦略を示せるように。そう考えれば挑戦が尽きることはない。

佐々木さんがモットーとする「闘う腫瘍内科医」とは、患者が適正な医療を受けるのに際し、障害となるすべてと闘うという意味だという。「医学の限界や院内体制の問題、患者さん家族の問題や抗がん薬無用論、さらには民間療法と、がん治療を行うには様々な障害があります。患者さんを守るために、僕らはそのすべてと闘うということです」

毎水曜夕に開かれる消化器がんカンファレンス。毎回参加者は50人を超える

患者さんの多くは最終的に亡くなる、だから知ることが大事

がん薬物治療の指揮者といえば聞こえは良いが、腫瘍内科の現場はかなり泥臭い。つい先日も、佐々木さんの部下である准教授が、1人の患者さんへの説明に2時間かけた。要領良くはできないのだ。だが、佐々木さんは、そうやって患者に鍛えられてこそ、腫瘍内科医に必要な人間性が育つのだという。

「腫瘍内科学とはすごく人間臭くて、どろどろとした学問です。患者さんの家族構成や罹病歴、終末期に関する考え方など、他の診療科ではそれほど重視されない情報も、僕らにとっては非常に重要になる。その分、最も患者さんと裸の付き合いができるのです。僕らが担当する患者さんのほとんどは、最終的に亡くなられます。だからこそ、患者さんのことをちゃんと知ることがとても大事なのです」

死に向き合う患者と、どこまでも向き合う腫瘍内科医。そんな胆力を持った医師を育てるために、佐々木さんは道を示し続ける。

病棟回診(ラウンド)に笑顔を見せながら出かけていった
1 2

同じカテゴリーの最新記事