早くからチーム医療に取り組み、日々改良を重ねる
アラーム音を合図に 止血と血流開放

いったん院長室に戻った幕内さんを待って、20分後にインタビューを開始した。
真っ先に手術中の不思議な挙動について聞いた。ピピピッというけたたましいアラーム音が鳴り響いた後、幕内さんはピタリと一切の動きを止めた。手術の真っ最中なのに何故なのか?
幕内さんの真後ろにいた筆者には幕内さんの目の動きが感じられた。動きの停止から2分ほど経っただろうか、ときどき上を向いて何事かに思念を集中させているようにも見える。ところが次に手術台を挟んで目の前にいる女性研修医が幕内さんの目を凝視しつつコクリとうなづいた。次に隣で手術を見学していたイタリア人の研修医も同様にうなづいた。どうやら幕内さんがアイコンタクトを送っており(写真)、それに返礼しているようだ。
「先生いったい何をしているんですか?」手術中であったにも関わらず問わずにおられなかった私に、頭だけを振り返るようにして「止血だよ」と幕内さんは答えた。
肝切除は肝門部という肝臓の入り口部分で、太い血管をクランプして血流を止めて手術をする。この術式の開発で、出血は大幅に減った。ただし、その血流遮断は切除の部位にもよるが15~30分が限界だ。それ以上だと肝臓にダメージが残ってしまう。アラームはその制限時間を知らせる警告音で、それを合図に5分間血流を開放する。すると勢い良く回り始めた血流が切開創から出血する。それを抑制するため幕内さんは手で切開創を押さえていたのである。
根治と機能温存の両立を目指すチーム医療
次に聞いたのは手際のよい手術のコツについて。
肝臓外科医の能力は、15~30分の血流遮断の制限時間およびその繰り返しのインターバルの中で、いかに手際よく必要な手技を進めるか、それにかかっている部分もある。切除が終了した時点で、役目を終えた器械出し(手術器具を執刀医に手渡す)の看護師さんに、幕内さんの手術を担当するとき苦労することはあるか聞いた。すると「手術が佳境に入ると矢継ぎ早に要求が来ますから、器具を出すタイミングが遅れないように気を緩めないことです」と答えた。そうでないと執刀医のペースまで狂ってしまい、手術時間が長くなるなどの影響が出かねないという。
幕内さんは言う。肝がんの手術は、剥離を担当した橋本さんの超人的な粘りを嚆矢として、「チーム力の結集であり、がんの根治性と機能温存を両立させるために、我々は早くからチーム医療に取り組んでいる。また日毎、改良を加えているのです」
世界一手際のよいと評される手術のコツは、一見地味に見えた今日の手術の至るところで表現されていたのかもしれない。
互いに協力し合って最高の医療を
最後に是非伝えて欲しいことがあると幕内さ���は注文をつけた。その内容は、通常の病院でぎりぎりのマンパワーでやっている医療が、最近、たびたび阻害されることがあるという。実例をあげると、インフォームド・コンセントにおいて、それまで一切顔を見せなかった患者の妻が突然口出しをしてきて、いったん決まった治療方針が中止されたことがあった。そして、手術の準備で手術室に並べていた手術用具を収納したが、それから1時間くらいで、今度は本日中にやってくれと言われた。その間、チームは待機したままであり、手術が終了したのは、日曜日の深夜12時すぎになってしまったのです。
「医療は、患者さんと我々の信頼関係の上に成立しています。たまにしか来ない患者の家族が、突然治療方針を命令してきたり、変更されることは論外だと思います。モンスターペイシェントは以前から有名ですが、最近はモンスターファミリーもいるようです。これは何も私たちの施設に限ったことではないはずで、我々医療スタッフ側と患者側とが協力し合って、最高の医療をしていきたいですね」