脂肪移植で失った乳房を取り戻す 乳房再建の新しい道を開拓

取材・文●軸丸靖子 医療ライター
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年2月
更新:2015年8月


脂肪組織の取り扱いの難しさがネックに

脂肪移植による再建術の体への負担は、従来の再建術に比べケタ違いに軽い。移植術のあとしばらく乳房マッサージはしないこと以外、とくに行動の制限もない。抗ホルモン薬による治療を続けている人でも再建術を受けられる。

こんな良い方法がこれまでなぜ施行されてこなかったのか。答えは1つ、「脂肪は腐敗しやすくて扱いが難しかった」からだ。「脂肪組織はみるみるうちに腐ってしまうのです。骨や血管、皮膚は外気に触れる状態でもある程度持つのですが、脂肪は1時間と持ちません」と吉村さん。

それでも、2000年代に入り脂肪組織の抽出・注入技術が改良されてからは、脂肪移植の可能性が広がった。豊胸や漏斗胸の整容的治療、顔のアンチエイジングなど、移植する部位の組織が健康であれば、脂肪を腐敗させずにうまく生着させられるようになったのだ。基礎研究の領域からも「脂肪はなぜ腐敗するのか、どうすればより生着させられるのか」という問いに回答が示されてきた。

乳房再建への応用はごく最近

乳房再建術への応用は遅れた。その理由を吉村さんはこう説明する。

「乳がんを摘出した患者さんの乳房には瘢痕があり、組織がひきつれ、強く癒着しています。とくに放射線治療を受けた乳房の組織は皮膚も脂肪も固く線維化していて、不毛な土地のようになってしまっているのです。人工物を入れようにも皮膚が伸びないし、脂肪を移植しても生着しない。脂肪が溶けて消失するか、硬化(石灰化)して再発診断の妨げになってしまうと考えられていました」

その見立てが変わってきたのはつい5~6年ほど前だ。研究が進み、脂肪移植を乳房再建にも応用できる裏付けができてきた。実際に移植してみると、生着しただけでなく予想を超えた効果が得られた。放射線などのがん治療でこり固まっていた乳房の組織が、血流が良くなり、柔らかくしなやかな組織に生まれ変わったのだ。専門用語でいうところの〝組織の賦活化〟である。血流が良くなったことで瘢痕のひきつれだけでなく、痛み、むくみも軽減されていた。

幹細胞が病んだ組織を蘇らせる

賦活化を起こした鍵は脂肪組織に含まれる幹細胞だった。普段は体の中で眠っているが、体が何らかのダメージを受けると目を覚まし、新しい皮膚や血液、臓器など必要な組織に成長していく多機能細胞である。従来は骨髄から採取するリスクがあるため臨床応用が限られていたが、吉村さんらの研究で実は脂肪組織からも大量に採取・活用できることが分かり、再生医療への応用が世界中で急速に進められている。

乳房に移植した��肪細胞はほとんどが死滅してしまう。しかし、そのときに幹細胞が目を覚まし、成熟し、再生させる。脂肪細胞が再生しなくても、移植部位の血流を良くして組織の〝質〟を改良していく。「この仕組みが明らかになって、火傷の瘢痕や足の壊疽、褥瘡への応用が研究されるようになっています。壊疽を起こしたつま先の周囲に脂肪を移植すると潰瘍がだんだん小さくなり、自然に治癒してしまう。まるで薬のように脂肪が使えることが分かってきたのです」と吉村さん。

脂肪組織の持つ3つの効果

こうした知見を元に、乳房再建術の戦略も変化した。放射線治療を受けていたり、瘢痕との癒着の強い患者では、まずはごく少量の脂肪組織をまるで薬のように移植し、乳房付近の環境を改善させるようになったのだ。そうすると組織がしなやかに伸びるようになり、自然でふくよかな乳房を再建しやすくなる。その上で2回目以降に本格的な量の脂肪を移植して形を作っていく。

人工物と脂肪移植を組み合わせる「ハイブリッド術」も生まれた。人工物を脂肪でふっくら包むことによって乳房の形や動きが自然になるからだ。引きつれが減り、人工物の入れ替え間隔も長くすることが可能になる。「乳腺全摘の患者さんでは脂肪移植とインプラントどちらか1つより、混合したほうが良い面があると思っています。今後その裏付けを出していきたい」と語る。

脂肪には、ボリュームを出す力と、賦活化する力、そして人工物と自分の体を調和させる力の3つがあるようだと言う。

「1年前であれば、脂肪移植による乳房再建についてここまで自信を持って話せなかったでしょう。1年後であればさらに違うと思います。そのくらいに、脂肪移植による治療法はいま急速に進歩しています。まだあまり知られていませんが、患者さんに応じたいろんな方法があるし、一緒に考えることができる。ぜひ知って欲しいと思います」と吉村さん。

痩せすぎの日本人女性、「脂肪組織が取れない!」

新たな知見が技術につながり、実用化されて患者に恩恵をもたらすという流れがここまで急速に進んでいるのは、裏付けとなる基礎研究が盤石だからに他ならない。臨床医として引っ張りだこの吉村さんが研究に力を入れ続けるのはそれが理由だ。

そんな吉村さんが懸念していることがある。それは日本人女性は痩身志向のため、痩せすぎていて採取できる脂肪組織が少ないことだ。

具体的な数字がある。吉村さんが脂肪移植手術を行った患者約600例を分析したところ、ボディ・マス・インデックス(BMI)で25を超える女性はわずか3%だった。30を超える人は2人しかいなかった。「豊胸したいという女性は痩せている方が多いという事情はありますが、それにしても痩せています」と吉村さん。

脂肪組織の素晴らしい効果を日々目にしている医師にとって、脂肪が必要以上に目の敵にされる日本独特のこの風潮は、少々哀しい物に写るのだろう。

「脂肪ほど、人間の体にとって必要で、良いものはまたとないのです。確かに多すぎるのは良くありませんが、痩せすぎはそれ以上に良くない。吸引できる程度には脂肪はあったほうがいいのです。脂肪組織移植の可能性が広く知れ渡れば、『脂肪に対する考え方を少し変えたほうが良い』と言われるようになるかもしれません」

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