大腸がん治療の全国的な底上げを目指すオピニオンリーダー

取材・文●伊波達也
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年4月
更新:2015年8月


がんを完全に取り切り、根治に導く

杉原さんの消化器外科医、がんの専門医としてのポリシーは、がんを完全に取り切り、患者を根治に導くということで一貫している。

「がんの手術は、一番は根治性を考えることです。次にQOL、そして患者さんに負担を与えないように短時間で出血を最小限に手術することが大切なのです」

杉原さんは、医師として仕事を始めて以来現在まで、大腸外科のプロフェッショナルとして、あらゆることを学び続けてきた。

大学病院の新人医師の時代には内視鏡検査を学び、大学の関連病院ではあらゆる手術をした。大学に戻り、学位は大腸生理学で取得。英国の留学先の病院では病理学の研究をした。国立がんセンター時代には、スタッフとして大腸がんの手術に明け暮れた。肝転移に対する手術も手がけた。

そして、東京医科歯科大学の教授時代には、その集大成として化学療法も含めた我が国の大腸がん治療の進歩に大きく寄与する数々の活動に従事してきた。

「がんセンターに在籍し手術に明け暮れたていた当時は、大腸がんの手術は、腫瘍のみならず周囲の組織も徹底的に取る拡大手術が主流でした。その後、性機能や排尿機能などを残すための自律神経の温存ということが叫ばれるようになりました。

当時、私は拡大手術の中に身を置きながらも、神経を温存するなら徹底して残そうと、神経を覆っている膜に手をつけないで膜の手前で手術をしようと考え、実践しました。当初は〝そんなのは神経温存ではなく縮小手術だ〟とさんざん言われました」

〝膜と膜の間〟で手術を行う

そんな中、90年代前半、開腹しないでお腹に数カ所穴を開けるだけで行う腹腔鏡手術が登場した。当時第一線で手術をしていた医師たちが大腸がんの手術としての腹腔鏡手術を真っ向から否定する中、杉原さんは必ずしも否定的ではなかった。

「当時、徹底的にリンパ節の郭清をする拡大手術が主流である中で、私は膜と膜の間で手術をするという発想を持っていましたから。リンパ節転移は、リンパ管の中を通って広がっていくのです。ところがリンパ管というのは膜と膜の間を交通していない。だから、膜を隔てたリンパ節へは近接していても転移しないのです。したがって、膜の間に入って剥離すれば、余計なところまで徹底的に郭清する必要はないと考えたのです」

この発想は、当時、腹腔鏡手術を普及しようと先駆的に取り組んでいた医師たちの理論の拠り所となった。

「胎生期のころ腸管はお腹の中ではなく羊水の中にぷかぷか浮いている状態なのですが、成長するに従ってお腹の中に収まり、捻じれた状態で周囲の組織と生理的に癒着をするのです��ですから、大腸がんの手術では生理的な癒着を全部剥がして腸管を胎生期の状態にして、それからリンパ節郭清を行えば膜の剥離だけで済みます。それを話したら、〝それは腹腔鏡手術で使える〟と、当時、我が国における腹腔鏡手術のパイオニアだった渡邊昌彦先生(現北里大学医学部教授)などは意を得たりだったようです」

まさに、腹腔鏡下でもがんの手術が可能であるという道筋もつけたといえるだろう。

昨今の腹腔鏡手術信奉主義に苦言

この膜に沿った手術は杉原さんの真骨頂だ。当時、ハサミなどを使う鋭的剥離が盛んに言われていたが、杉原さんは鈍的剥離だと話す。

「余分なものは取らないでできるだけ温存する、そして根治を狙う、それが私の考え方です」

この膜構造に対する考え方で大腸がんの手術はかなり進化したと言える。ただし、昨今の腹腔鏡手術信奉主義に、杉原さんは苦言を呈する。

「がん手術の原点を見つめ直して欲しいと思います。昨今では、〝低侵襲〟の名の下に、かなり進行したがんにも腹腔鏡手術を適応している施設が増えていますが、それで本当に最適ながんの手術ができるかどうかははなはだ疑問です。T1、T2といった固有筋層までにとどまっているがんであれば腹腔鏡手術で十分対応できます。しかし、漿膜に露出しているT4がんは要注意です」

先の『JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)0404』という臨床試験では、進行した大腸がんに対しては腹腔鏡手術が開腹手術と同等であることを証明できなかった。とくにT4がん、そして直腸S状部がんでは生存率において腹腔鏡手術が劣っていた。

「結果についてはじっくり分析する必要がありますが、腹腔鏡手術が劣っていないことを証明できなかったのですから、闇雲に腹腔鏡で行うべきではないと考えます。

腹腔鏡手術は二酸化炭素を絶えずお腹の中に入れて膨らまし続けながら手術をしますが、そうするとガスが腹腔内を対流します。そのことによって、こぼれ落ちたがん細胞が散って、腹膜播種を起こす恐れがあります。そう思われる症例に出会ったことがあるのです」

本来の〝低侵襲〟とはどういうことかを、改めて問い直すべきと杉原さんは強調する。

肛門温存の適応は慎重に

人工肛門の回避についても慎重に決めるべきだと杉原さん。

「人工肛門になるケースは、術者が技術的に未熟で肛門を温存できない場合と、温存する手術技術は持っているが、がんの根治性を考えて温存しないほうがいいと判断した場合があります。前者は直腸がんの手術をする者として問題外ですが、後者は慎重な検討の結果です」

通常、人工肛門になるということは、患者さんにとって著しくQOLを低下させることになると考えられる。誰もが避けたい事態だろう。しかし、人工肛門を避けて無理に肛門を温存することがQOLを高めるかと言えば、必ずしもそうとも限らないと杉原さんは説明する。

「ギリギリでがんを取り切ることにより、無理矢理腸をつないでも、残った腸が健康な状態の直腸の役割を果たせなければ、便漏れなどを起こし、人工肛門よりもQOLが悪くなる場合もあります。患者さんの年齢や属性、生活形態、考え方などをじっくり考慮して適応を決めるべきです」

治療の均てん化を目指し、治療成績を向上させる

強い意志のこもった眼差しで、そう語る杉原さんに、今後の目標について聞いた。

「2005年に大腸癌研究会で『大腸癌治療ガイドライン』を作り、広める努力を私はしてきました。そこで主張したのは、大腸がんは国民病であり、全国津々浦々の病院で適切な治療ができるように治療の均てん化を図り、日本全国の治療成績を向上させる、ということです。日本の大腸がんの治療成績は、欧米に比べても優秀です。それは化学療法とのコンバイン(併用)もありますが、何よりも手術の質が高くて再発率が低いからです。これから10年、団塊の世代の高齢化により、大腸がんもさらに増えてきます。適切な治療の大切さを引き続き伝えていきたいと考えています」

日々訪れる目の前の患者さんの治療にあたる地域医療の〝赤ひげ先生〟であり、その一方では、大腸がん治療の全国的な底上げを目指すオピニオンリーダーである杉原さん。〝虫の目〟と〝鳥の目〟の両面で、益々の活躍を期待したい、凄腕の医療人だ。

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