世界中が待望していた〝首に手術痕が残らない甲状腺内視鏡手術〟を開発

取材・文●黒木 要
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年7月
更新:2015年10月


甲状腺外科(内分泌外科)になった理由

清水さんは、いわゆる学生運動がはなやかなりし頃の医学生であった。そのことがあって、卒業名簿にはストによる授業ボイコットなどの影響から昭和48年(1973年)8月と、ちょっとずれた時期の卒業になっている。同級生には世界的な救急医療医である益子邦彦さんもいる。2人ともはからずも外科医になったわけだが、当時、アメリカのTVドラマ「外科医ギャノン」「ベン・ケーシー」が放映されていて、これを見て大いに感化されたことが大きいという。

清水さんは医学部卒業後、早く現場で外科医として活躍したいという希望を持っており、腎臓の病理で有名な教授の大学院研究室の門を叩いた。するとある1人の先輩のもとに手伝いに行くように命じられた。その研究テーマが甲状腺疾患だったのだ。そこで学位論文を書き、次に甲状腺治療で名を馳せている病院に勤務して臨床経験を積んだ。

だがこの頃は甲状腺疾患(内分泌疾患)の専門医になるつもりはなかった。大学に戻り、一般外科医として働いて、そろそろ大学を離れようかというときに、留学のチャンスが巡ってきた。海外のその施設では甲状腺や副甲状腺疾患の手術が多く、「何やら運命めいたものを感じました」

2年後帰国して、また消化器や一般外科の医師として働いていたとき、せっかく甲状腺の研究をしてきたのだからと専門外来の開設を熱心に勧める向きがあって、その気になった。将来進むべき道がはっきりと見えたのである。

チェルノブイリと福島の甲状腺患者を診ていくという使命

1999年、甲状腺の専門医として清水さんに大きな転機が訪れた。86年に旧ソビエト連邦のウクライナのチェルノブイリ原発で爆発事故があり、90年頃から小児や子供の甲状腺がんが顕著に増えてきた。

現地の支援活動を行っていた国内のボランティアグループより、「医師が足りないから」と誘われ、ウクライナと隣り合わせのベラルーシへ同道した。事故地より数百キロ離れた地域ではあったが、風の影響で放射線のチリが飛んできて、甲状腺がんが多発していたのである。

そうはいってもいきなり内視鏡手術を行ったわけではない。そのような手術を行える地盤も医学的な基盤もなかった。「まず行ったのは、超音波エコーで腫瘤を見つけ、それを病理検査でがんかどうかを鑑別する検査法の教育でした。熱意のある若い医師が主な対象でした」

2006年頃には現地の医療スタッフだけでも確実な診断ができるようになり、翌07年にやっと内視鏡手術の器具を持って現地に入った。やはりこの手術は現地にとっては衝撃であったようだ。それまでは首筋を真一文字に切開して顎の根元までに鉤型に切り開いていた。手術あとは��大なU字型になり、患者のQOL(生活の質)を大きく妨げていた。その傷跡が清水さんの内視鏡手術では一切消えたのである。

08年には事故時、胎内被曝をして20歳のときがんが見つかった女性アリョーシャさんが来日して清水さんの手術を受けた。彼女はその後無事結婚して、13年には赤ちゃんも誕生した(写真4)。

来日手術のニュースは日本のみならずベラルーシでも大きく報道され、画期的な手術法として紹介されて、一気に清水さんの術式導入が進んだ。清水さんは手術の指導でたびたび現地を訪れるようになった(写真5)。

写真4 手術後結婚、赤ちゃんを出産したアリョーシャさん
写真5 ベラルーシにおける手術(2014年)

このチェルノブイリでの活動は、福島原発の事故後にも活かされることになった。福島県の県民健康調査の検討委員として招かれ、臨床面や疫学調査を行っている。また環境省の専門家会議にも携わり、多くの提言を行っている。これらの活動は、原発事故後の甲状腺がんの発病率などのベースとなるデータとなり得るだろう。

「放射線被曝の影響は単年で終了するものではなく、今後ずっとその影響を追跡していかなければなりません。それには甲状腺の専門家として、ずっと関わっていくのが使命だと思っています」と清水さんは語る。

保険適用の見込みについて

甲状腺の内視鏡治療は清水さんの開発した術式をはじめとして、国内の施設でも次々と導入されている。そのうち14の施設が先進医療として厚労省に申請をして、認可されて実施している。この先進医療の仕組みは、有望な先端医療の保険収載に向けてのデータを集める場としても機能している。

その可能性を清水さんに訊くと、「まだ何とも言えませんが、うまくいくと最短で来年あたりには保険適用になるかもしれません。そうなると日本の各地の施設でこの手術が1~3割の自己負担で受けられるようになります」と答えた。

現段階では先進医療として申請をせず、この手術を行っている施設も少なからずある。基本的に10割負担となるが、入院から退院まで100万円以内で行っているところが多いようだ。「関心のある方は、当該の施設に問い合わせてみるとよいでしょう」と清水さんは勧めた。

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