がん体験者が充実した生活を送れるよう「がんサバイバーシップ」普及に情熱を傾ける

取材・文●黒木 要
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年8月
更新:2015年11月


留学先で〝出会い〟に恵まれ、一時断念した医師としてのキャリア形成を果たす

米ハーバードおよびジョージタウン大学留学時代の恩師、ヘイズ先生(右)と。左はご主人で、現在聖路加国際病院腫瘍内科部長、およびオンコロジーセンター長の山内照夫さん。京都・知恩院にて

山内さんは小学2年生のときから、将来は医師になりたいと作文に書いていた。女子高時代に見た映画の影響で、一時は精神科医を目指すが、外科の実習で日に日に良くなっていく患者さんを何人も目の当たりにして、外科医になる、それも実習先のこのスーパー外科医の弟子になる、と目標を変えた。その舞台がほかならぬ聖路加国際病院で、当時は「女性は絶対採らない」という専らの噂であった。

山内さんは持ち前の熱意と猛勉強により、この壁を突破。聖路加国際病院初の女性外科研修医として採用された。前ブレストセンター長で、現在昭和大学病院ブレストセンター長の中村清吾医師とは、研修医時代、「糸結びなどの基礎を教わった」先輩後輩の仲だ。そんな折、同病院の研修医だった現在の夫と結婚。数年後、夫はかねてから切望していたアメリカの留学が決まった。前年に子どもを授かった山内さんは、将来を嘱望されていたが、悩んだ末、夫の留学に同行することを決め、自分の医師としてのキャリア形成は断念した。子育てと夫のサポートに専念すると決めたのだ。

ところが渡米後、「夫が見つけてきて受けることを薦めてくれたハーバード大のカンファレンスがきっかけとなり、乳がんのとの関わりができ、その後、いくつもの新しい出会いやきっかけがあり、一度は諦めた外科医としてのキャリアを積むことができたのです」と山内さんは留学の15年間を振り返った。

山内さんが請われて聖路加国際病院に復帰したのは2009年のことで、乳腺外科医長を経て、翌年、中村清吾医師の後を受けて、ブレストセンター長に就いた。

パッションとミッションがエネルギー源

今、山内さんが熱心に取り組んでいる「がんサバイバーシップ」の考え方を取り入れ、実践している医療施設は、国内では数えるほどしかない。やろうと思ってもマンパワーが限られている、また診療報酬はつかないので、病院経営にとっても当面はプラスにはならない、として普及が進まないのだ。しかしそれでは意味がない。超絶技巧を持��スーパー外科医が1人で助けられる患者さんの数は限られている。それと同じで、ほんの数施設でがんサバイバーシップを導入して取り組んでも、少数の患者さんしかその恩恵を享受することはできない。

多くの患者さんやがん体験者が恩恵を受けられるようになるためには、「がんサバイバーシップ」の考え方に賛同して、それに基づくサポーティブケアを導入したいと思う医療施設を増やすことだ。それには導入が容易になる仕組みを作ることが必要だ。

「今はそれを模索している最中です」

山内さんはそう言って次のような取り組みを紹介してくれた。

治療によって脱毛などのルックスの変化が起こり困っている人に対し、美容のスペシャリストらがアドバイスをしたり、ケアの方法を教えたりする「ビューティーリング」、がんと診断された人が5~8名のグループとなり、がんに立ち向かう方法や、うつ病などの心の病に関することを学ぶ「スマイルリング」、乳がんの罹患によって休職や退職を余儀なくされた人で復職・就労を希望する人が5~10人集まり、精神腫瘍医、看護師、社会保険労務士らも加わって語り合うことでヒントを見出したりする「就労リング」などの活動だ。さらにはがん治療によってかかるお金のことの情報。「これらの活動は医療の範疇を逸脱しているのでは……」と疑義を呈する声を聴くこともあるという。

これに対し山内さんは「患者さんとがん経験者、あるいはそれぞれのテーマに応じた専門家や専門職、患者さんを中心にリングを形成する人たちをつなぐ役として、医師の役目は重要です」と答える。

帰国してしばらく経った頃、忙しい業務に追われ、帰国するにあたって胸に秘めたはずのパッション(情熱)とミッション(使命感)が曇りかかっていることに気づいた。気分転換に軽井沢の内村鑑三記念館を訪れたとき、「内村の日本に対する熱い思いに触れ、私は自分のパッションを取り戻せたような気がします」と山内さんは振り返る。

15年に及ぶ留学時代には何度もピンチに見舞われたが、それを乗り越えられたのは持ち前のパッションと、人との出会い、その人たちの支援があったからこそだと思っている。今は自分が日本のがん患者さんを支援する番で、それがミッションだと思っている。「熱い思いがなければエネルギーは湧いてきません」。山内さんはそう言ってほほ笑んだ。

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