神経膠腫における最大限の腫瘍摘出と、最小限の術後神経症状の両立を実現

取材・文●伊波達也
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年9月
更新:2015年12月


確率の高い手術が可能なことを 患者さんに理解してもらえるよう説明

これらのテクノロジーと手術手技によって、腫瘍を最大限取り切るという決意を患者に伝える。

「患者さんは、テクノロジー云々より、とにかく病気を治して欲しいのです。ですから、情報誘導手術については、術中MRIで取り残しを見ながら手術ができ、場合によっては、手術中に起きている状態で治療方針が医師と話し合えますよといった説明をします。いずれにしても確率の高い手術ができるということを、患者さんにわかってもらえるように説明しています」

もともと全国屈指の手術手技を有するスタッフたちの手術をさらに強化できる、そしてそれを再現化できるのがこのシステムの素晴らしい点だと村垣さんは強調する。

「言ってみれば〝神の手の可視化〟です。高い手術手技を共有できるのです。そして、チーム一丸となって低リスクで確実に最大の摘出と最小限の後遺症ということを目指します」

したがって、このシステムは、後進の育成にも大きな力になる。

「常に自分の手技をフィードバックして確認できるので、ラーニングカーブが飛躍的に上がります。術者の育成にも役立っています」

全身を診ることのできる医師になりたい

そもそも村垣さんが脳神経外科医を志したのは医学部生の時だった。

「顕微鏡手術をやりたいと思ったんです。当時、顕微鏡手術をやっていたのは、脳神経外科と眼科でした。私は全身を診ることのできる医師になりたいと思っていたので、救命救急などで全身管理もする脳神経外科を選びました」

大学卒業後、東京女子医科大学の脳神経外科に入局した。脳動脈瘤のクリッピング術ほか、あらゆる手術を修得し、92年から95年にはアメリカへ留学した。現在のチームに入ったのは、まさにインテリジェント手術室が導入された2000年だ。

「それまでは、悪性神経膠腫は手術でとっても仕方ない(予後が変わらない)と言われていました。2~3時間で組織を取って終わり。手術時間も他の疾患と比較して一番短かったんです。でも、少しでも多くの腫瘍を摘出することが予後の改善になるという日本の全国統計データがありました。

私たちはそれを信じて徹底的に腫瘍を取りました。学会では批判されることが多く悔しい思いもしましたが、徐々に摘出率と生存率のデータも示され、今では漸く評価されるようになりました」

村垣さんは、まさに悪性神経膠腫手術の進化の中心を歩んできた。そして“治す”というその一点に向けて実に様々な手技とテクノロジーを生み出し、手術実績は全国トップを走り続けている。とくにグレード3については、5年生存率78%と、過去の統計の25%という数字からすると良好な結果を示した。

予後の良くないグレード4の治療効果を いかに上げていくかが課題

今後の課題は、依然として予後の良くないグレード4の治療効果をいかに上げていくかだという。

「グレード4に対する新規治療の開拓が今後の課題です。今は2つのオプションを持っています。1つは自家腫瘍ワクチンです。私たちは2002年から実施していて、1年生存率64%、3年生存率は46%というデータを出しています。この治療は副作用が極めて少なく患者さんにとって楽です。ただ保険適用でなく、臨床試験に入るか自費診療となります」

もう1つがPDT(光線力学的療法)だ。

腫瘍細胞に選択的に集まる性質を持つ光感受性物質を投与し、レーザーをあてると光化学反応で強力な活性酸素が発生して腫瘍細胞を死滅させる治療法だ。

2009年、東京医科大学の秋元治朗さんらとともに、初発のグレード4の患者13例に対し、医師主導治験を実施し、1年生存率100%、生存期間中央値24.8カ月という高い治療成績を示し、2013年に薬事承認され、2014年から治療が実施されている。

「今後は、第Ⅲ(III)相比較試験も実施する予定です。この治療も術後の2週間程度の遮光は必要ですが、他の抗がん薬等と比較して患者さんに負担が少ないのが一番です」

さらに、研究施設という性格上、他のがんの領域での研究も進んでいる。

集束超音波療法を7年間実施している。超音波を病巣に集めて叩く治療法で、放射線と違い、何度も行えるのがメリットだという。現在、子宮筋腫と前立腺肥大で承認され、いくつかの施設で、前立腺がん、乳がん、膵がんの治療が実施されているという。

「将来的には、PDTと超音波を使った集束音響力学療法の2つが最も期待できる治療法かもしれません。この2つの治療で浅い病巣はPDT、深い病巣は集束超音波とだいたいカバーできるようになるでしょう。薬剤併用した集束超音波治療の胴縁実験では、抗がん薬も5~6分の1の濃度、超音波も10分の1のエネルギーで効果を示したため、将来人に対しても、副作用も抑えられるよい治療になると信じています」

テクノロジーを駆使して、最高の技術をさらに天辺の技術にする

村垣さんたちのチームポリシーについて、改めて聞いた。

「最初の手術でしっかりとるということ。そのための努力を惜しまない。そのための技術の研鑽とテクノロジーの駆使です。丸山隆志先生を中心とした我々チームの手術クオリティは、術後の管理を含めて総合力で現在非常に高いレベルにあると思います。テクノロジーに頼っているのではなくて、テクノロジーを活用して現在の手術技術を更に高めていくことを目指します。

そして、今までに蓄積してきた症例データをしっかり分析して、全体の治療方針を決定します。臨床的に解決されていない問題(例えばどちらの抗がん薬が効果があるのか)はランダム化研究等により科学的に検証していきます。そして、これらの研究や臨床が少しでも患者さんの予後改善に役立てばと思います」

村垣さんはそう力説する。

「とはいうものの、まだまだ神経学的に後遺症が残る人がいるのは実情です。だからこそ患者さんと一緒にがんばって行こうと思いますし、病状や平均の生存期間も包み隠さず話し合って、再発した時のことを予め準備しておこうと、いろんなオプションを提示することもします」

患者さんのより良い治療のため、あらゆる手技とテクノロジーを生み出す、村垣さんたちのチャレンジは、まだまだ続く。

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