婦人科悪性腫瘍 腹腔鏡下手術で根治を目指す
難治例などの対応にやりがい
10時50分、良性の筋腫も伴っていた子宮が膣経由で摘出され、検体の一部は病理へ送られた。腹腔内を念入りに洗浄し、癒着防止剤が腸の表面に貼られ、ドレーンを装着して手術は終了した。11時40分だった。
「正確には病理の結果を待たないとなりませんが、子宮体がんは根治できたと考えています。出血はほとんどなく、傷は小さいですから、患者さんには、明日には歩いていただいて、4~5日後には退院していただけると思います」

金尾さんが赴任するまで、同院の婦人科では腹腔鏡下手術はほとんど実施されていなかった。それから1年足らずで、今や約6割は腹腔鏡下手術が実施されている。
「患者さんは、低侵襲を望んでいるのではなく、がんが治ることを望んでいます。その点においても、さらに症例を蓄積して、腹腔鏡下手術のメリットをデータとして示していくことが医学者として大切なことだと考えています」
同院には、全国から、他院では対応し切れない難治症例や、あらゆる稀少がんの患者さんが訪れる。婦人科がんについてもしかりで、難治例や珍しい症例に出合うこともしばしばだ。それらの治療に当たり、治すことができることにも、大きなやりがいを感じていると金尾さん。
産科医として挫折を体験
金尾さんが、将来の仕事として、医師を目指そうと考えたのは、産科医だった父親の影響が大きかったという。
「父は勤務医だったんですが、たまたま病院に遊びに行ったときに見た白衣姿の父が格好いいなと思ったのがきっかけでしょうか。知らず知らずのうちに僕も産科医になりたいと思うようになっていました」
医学部を卒業して、望み通り産科医になった金尾さんだったが、その後に挫折が待っていた。
「僕は卒業して3年目まで産科医だったんです。ところがある日勤務していた病院で行った帝王切開で、そのお母さんが亡くなってしまったのです。3万分娩に1回くらいしか起こらないと言われる、羊水塞栓症という合併症が原因でした。医療的に否があったわけではなかったのですが、それから、その1件がトラウマになってしまい、怖くて、帝王切開ができなくなってしまったのです」
産科医として一生に1度当たるかどうかの稀な症例に、まだ経験の浅い3年目医師だった金尾さんは当たってしまった。そして、挫折してしまったのだ。
しかし、その後、婦人科医としての再起を目指し、全国の病院を行脚したという。そんな中で出会ったのが、先述したメンター(師匠)の安藤医師だった。
「大学を辞める形で、武者修行のように倉敷成人病センターに入りました。安藤先生の手術を見ていたら、本格的に腹腔鏡下手術の技術を身につけたいと思ったのです。将来、絶対に婦人科手術におけるメインとなるのはこの手術だと、そのときは直感的に思いました」
毎日手術に励み、気がつけば10年が経っていたという。
「充実した日々でした。今、当院でこうして手術ができるのも、あの10年があったからであることは間違いないです」
父親の〝思い〟を汲む
そして、さらに金尾さんには、医師としての信念を強くした、あるエピソードがあった。医者になって4年目のある日、父親が倒れたという電話が、金尾さんのもとにかかってきたという。
「解離性大動脈瘤の破裂でした。地元の病院に駆けつけると、担当の先生から、手洗いして手術室に入るように言われました。僕は、専門でもないのに、と思ったのですが、父は意識がなくなる直前に、息子が現れたら手術室に入れるようにと言ったそうです。手術室に入ったときの気持ちは今でも忘れません。
そのときの僕は、医師としてではなく、完全に患者の家族でした。強烈に感じたのは、医師の手というのは神様なんだ、その手によって、父親を助けてもらえるかもしれないということでした。その医師に対する信頼というか思いは、本当にとてつもなく強いものでした。結局、父は目を覚ましませんでしたが、もしかしたら、父は、僕にそういう〝思い〟を教えたかったのではないかと思っています」
この思いは、今も金尾さんが手術室に入るときに、1つの症例もおろそかにはできないという強い気持ちにつながっている。
「僕のこの手が、患者さんの家族には、あのときの僕と同じように思われているのだとしたら、絶対に妥協はできないですよね」
金尾さんは今も、毎朝、イメージトレーニングの練習を欠かさない。そして毎回、自分の母だったら、姉だったら、妻だったらという思いを持って手術に臨むという。
「練習をせず、準備を疎かにして手術に臨むことは絶対にできません。〝手術で練習するな、患者さんは練習台じゃない〟と肝に銘じています」
趣味のランニングで ストレスを発散
金尾さんは、現在、ほとんど休みがない。休みがないことは全然平気だというが、単身赴任であるため、家族に会えないことが、唯一つらいことだと話す。
「でも、当分の間は仕方ないですね。患者さんが治って、元気で退院されるのを見ると、日々のストレスもリリースされます」
健康法は、くよくよしないことだというが、手術のことを考えたり、いつもくよくよしてばかりだと金尾さんは笑う。そんなときには、趣味のランニングでストレスを発散しているという。
患者さんが満足のいく結果を出すためなら、万難を排してでも取り組み、新しいことにもどんどんチャレンジしたいと話す金尾さん。患者さんのために今日もたゆまぬ努力を続ける。