安全と根治を常に検証しながら 新しい食道がんの手術に挑む
身体状態の悪い患者さんには 2回に分けて実施
「食道がんが胸の下にあっても、10%は頸のリンパ節に転移を起こすので、頸・胸・腹部の3領域郭清をします。そのため、体に与える負担は大きく、術後を乗り切ってもなかなか社会復帰出来ないので、高齢者や合併症などで身体状態(PS)の悪い患者さんの場合は、食道切除と再建を別時期に行う2期分割手術を行っています」
1期目のがん切除が終了した3~4週間後に状態を診て、2期目の再建術を実施しているのも大きな特色だ。
「私たちは、胸が終わった後、仰臥位にして頸部と腹部にチームが分かれて手術を行います。頸部、胸部、腹部が全部操作出来てはじめて食道外科医だと考えています」
今では、同科で行われる年間の食道がん手術の約8割が内視鏡下外科手術となった。
「鏡視下というと傷の小ささばかりがクローズアップされがちですが、鏡視下ですごいメリットだと思うのは、拡大視により解剖をより把握できるようになったことです。今は、以前は見えなかった解剖がさらに見えるようになり、どこを切るべきなのかが断然よくわかってきました。さらに、胸腔鏡下手術でわかったことを、逆に開胸手術にフィードバックし双方の手術の技術が向上しました」
チームで初診時から退院後までフォローアップ
3つ目のポイントは、手術後の周術期のみならず、初診で来院された時から退院し社会復帰までをしっかりサポートできるチームを確立したこと。
「もともと私が食道外科を志したのも、手術の難しさはもちろんですが、周術期管理の難しさに興味があったからです。食道がんの手術は、手術が決まっても、合併症が起きます。循環器と呼吸器の管理が重要ですし、外科だけの知識ではなくて総合的にシステマチックに治療ができなければならないところが興味深いのです」
その発展型の考え方が、初診の段階から退院後の社会復帰までをサポートする体制だった。
「食道がんの手術を受けた患者さんに大切なのは退院後です。それにも関わらず、ほとんどの場合、患者さんは何もわからずに退院し、自己管理を強いられるのが現状なのです。しかし、それでは患者さんの回復と社会復帰が遠のくばかりです。そこで、退院後の患者さんのために多職種によりサポートする体制を作り、多職種による患者教室を始めました」
患者教室は、退院後から術後1カ月の患者が対象で、毎月第3木曜日に1時間から1時間半実施している。退院後の生活、リハビリ、食事のポイントなどをアドバイスする。患者教育にとって大きな役割を果たすのが、多職種の周術期管理チームだ。
初診から退院後の社会復帰まで関わる専門職の面々で、薬剤師、看護師、管理栄養士、歯科医、理学療法士、作業療法士、精神腫瘍科医などだ。それぞれが外来も持っていて、個々の患者さんに大切なことをチーム間で把握し、その患者さんにとって必要な処置を迅速に行う。同院食道がんチームの最大のウリだと、大幸さんは胸を張る。
次なる目標は地域医療連携を含めた統括医療
大幸さんは、食道がんが劇的な進歩を遂げてきた15年くらいをつぶさに見てきた。
「食道がんはもちろんですが、今、外科の世界は、500年といわれる歴史の中で激流ではないでしょうか。切った縫ったの世界から、エネルギーデバイスの発展による内視鏡による手術にまで進歩を遂げたのですから、そんな中で医療に従事できる私たちは、いい時代に立っていると感じています」
ただし、新しい手術が安全性と根治性に優れているかは別の問題なので、常に検証しながら前へ進むのが、がんを治療する外科医の責務だと大幸さんは言う。
大幸さんの次なる目標は、地域医療連携を含めた統括医療だという。ここまできめ細かに考える食道外科医が他にいるだろうか。どこまでも「for the patient」がぶれない人だ。
1週間のスケジュールは超多忙を極める。木曜日の外来診療以外の4日間は手術。時にはダブルヘッターのこともある。週末は講演会や学会ほか雑務が入ることもしばしばだ。体力勝負。もともとサッカー部という体育会系のため、休日のランニングとテニスが、何よりのストレス解消とリフレッシュだと話す。
より根治的で、より機能温存的。正確できれいな手術を目指し、大幸さんは今日も試行錯誤を繰り返す。