難しい肝胆膵がんの攻略に挑み続ける 難易度の高い手術の名手
生物系から医学系へ方向転換
山本さんが医師を志したのは、大学に入ってからだった。
「私は、最初、東京大学の理科Ⅱ(II)類(理学系)に入学したんです。生物系の研究者になりたいと思っていました。ところが理科Ⅱ(II)類は、人数の少ない理科Ⅲ(III)類(医学系)と一緒にクラスを構成して、同じ授業を受けるのです。生物系の授業が面白くないのに対して、医学系の授業はとても面白かったんです」
当時、理科Ⅰ(I)類から1人、理科Ⅱ(II)類から9人の計10人、3年で医学部へ転入できたという。山本さんは9人のうちの1人として医学部へ転入した。
「最初は神経内科を目指していました。診断学が面白く、教科書をたくさん読み、研究室にも顔を出していました。でも5、6年で実習を受けたとき、あまりにも患者数が少ないのと、ほとんど治らない難病の方たちばかりで、自分の手で患者さんを治せる科のほうがいいと思いました。当初は脳神経外科も考えましたが、もっと守備範囲が広いと思って一般外科へ進みました」
山本さんが進んだ第1外科は、上下部消化管、肝、胆膵、甲状腺などを担当する大所帯だった。当時は〝ナンバー外科〟だったため、第2外科でも同じようにあらゆる臓器をカバーしてお互いに競い合っているという、まさに、山崎豊子の小説『白い巨塔』を彷彿とさせるような状況だった。
肝臓外科を志す
1年間の研修後、関連病院へ出た後、再び大学へ戻ってきて、1年間病棟を受け持った。そして、その当時に山本さんは肝臓外科を志した。
「当時、肝移植が世界的に話題となっていて、有望な治療と言われていた頃です」
東大医科学研究所で3年間の研究生活を送った後、89年、国立がんセンター中央病院へ赴任した。
「当時、がんセンターは、肝と胆膵が分かれていました。幕内雅敏先生(現・日本赤十字社医療センター院長)、山崎晋先生(元・国立がんセンター中央病院肝臓科医長)、長谷川博先生(元・茨城県立中央病院院長)の3人が肝、尾崎秀雄先生(故人)、木下平先生(現・愛知県がんセンター総長)が胆膵の手術をしていました。小菅智男先生(現・JR東京総合病院院長)は両方やっていました。蒼々たる面々です。
その後、人事異動で組織が再編成され、肝胆膵が一つの科になりました。その頃が修業時代でしょうか。一番手術をして、手技を磨きました」
チーフレジデント、シニアレジデントを2年そしてスタッフとなり9年10カ月、がんセンターで手術に励んだ。
肝胆膵外科医の育成が使命
2001年、癌研究会附属病院(現がん研有明病院)へ異動した。翌年には副部長として、肝胆膵を担当し、2005年には同院が有明に移転してからは、全国から患者が集まり、手術数は飛躍的に増えた。
「肝がんの手術が一番多かったですが、当時は膵がんの手術が増え始めていました」
そして、2008年、山本さんは、防衛医科大学校の教授に赴任した。大学の教員となってから8年、自らの手術に全力を尽くしたのはもちろん、後進の教育を熱心に行ってきた。
「やるべきことはいろいろありますが、長年やってきた自分の領域である肝胆膵外科の医者を少しでも多く育てるというのが私の使命だと思っています」
山本さんは現在、この日の手術のように、自らが第一助手となり、できるだけ、多くの若手の医師を補佐しながら、高い手技を身につけてもらえるように努めている。
あらゆる技術の粋を要する点が大きなやりがいに
昨今では、山本さんは、難易度の高い手術、とくに解剖学的問題で通常では切除不能とされる肝門部胆管がんを積極的に行っており、その名手として知られている。
「胆道の手術は難しいですが、肝胆膵外科医としては一番興味深いし、やりがいのある手術です。膵がんと比べて、血管を一緒に取るなど、がんばって取ると生命予後もよく、ある程度の成績を出すことができます。
また肝臓の手術は、胃や大腸など消化管の手術と違って、出血しやすいため、いかに出血しないように切離するかという技術が必要です。それと同時に、肝門部には胆管、動脈、門脈が複雑に走行しており、血管の操作も重要です。肝切除と血管操作、そして消化管の操作技術など、あらゆる技術の粋を要するという点が大きなやりがいにつながります。
僕がメンターだと思っている幕内先生は、実にきれいな手術をされます。血は出ないし、離断面がとてもきれいです。ああいう手術をするためには、日々精進していないとできませんね」
肝胆膵外科医のマインド
そんな山本さんが若い医師たちによく言うことがある。
「外科医になるなら、左手でご飯を食べろと言いますね。私自身も今だにやっているのですが、いい手術をするには両方の手を巧みに使えたほうがいいですから。それから、糸結びが下手な人は手術室に入れません。できないのは外科医としては失格なので、その基本はきちんとできるようにしろと常にうるさく言っています」
還暦を迎えたという山本さんだが、長時間に及ぶ手術を日常的に行うために、自らも健康管理と体力作りにも余念がない。
「筋力が落ちないように、ジョギング、筋トレをしています。歩けなくなると終わりですから、足におもりをつけて歩いたりしていますよ」
〝難しくて苦労する症例ほどやる気が湧いてくる〟それが肝胆膵外科医のマインドだと話す山本さん。今日もまた、難しい肝胆膵がんの攻略に挑み続けている。