がん治療の最前線 温かい眼差しで患者を見守る

取材・文●伊波達也
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2016年5月
更新:2016年8月


重粒子線治療導入に大きな意味

▲i-ROCK外観▶i-ROCKの入り口にて(中山さん提供)

現在、中山さんたちのチーム、そして同センターにおける最もホットな話題は、重粒子線治療の施設が、全国で5番目に開設したことだ。『i-ROCK(ion-beam Radiation Oncology Center in Kanagawa)』という名称が冠せられた、がん専門病院として全国初の重粒子線治療センターだ。

2月からは先進医療として前立腺がんに対する重粒子線治療が始まった。重粒子線治療とは、炭素イオンを直径20mに及ぶ円形加速器(シンクロトロン)で光の70%の速さに加速してその光線で患者の病巣を照射する治療法だ。

「重粒子線治療を行えるということは大変大きなことだと思っています。ただし、すばらしい治療であってもオールマイティということではありません。それだけがクローズアップされるのはちょっと違うと思っています。

放射線治療は、ごく普通の治療法でも良い場合から特殊な治療が必要な場合まで、その適応は様々で、とても幅広いのです。ですから、『重粒子線治療のような最先端治療=良い治療』とは限りません。個々の患者さんにとってどの治療が良いのかをきちんと診断して、適応していくことが大切です。

ただ、適応の選択肢が増えたという点においては、がんに対する放射線治療を一手に引き受けている私たちのような施設に重粒子線治療が導入されたことはとても大きな意味があることだと考えています」

和気あいあいとした雰囲気が 強固なチームワークを醸成

中山さんが医師を志したきっかけは、前出の実兄の影響が大きかったと振り返る。

「大学も一緒でした。先に卒業した兄は、外科に行きました。私も男っぽい性格だし、外科に行こうかなと思って兄に相談したら、当時外科には女性は少なかったですし、母校は放射線治療がとても盛んだったので、放射線治療を志しました」

中でも特に盛んだった肺がん治療のチームに入り、放射線治療についての研鑽を日々重ねた。そんなある日、肺がん関連の学会に出席すると、兄の姿を目にした。

「何で兄貴がいるのかなと思ったら、私が知らないうちに兄は、呼吸器外科医になっていたんです。お互いの仕事のことをそんなに話していなかったのでびっくりでした」

中山さんはその後、母校の医局に20年間在籍し、講師まで務めた後、東海大学医学部に移った。准教授として3年務めていた時に、現職に移る機会が訪れた。

「ここ(神奈川県立がんセンター)に放射線治療医がいなくなってしまうということで、相談を受けているうちに、私自身が赴任することになってしまいました」

後輩の女性医師2人を伴って赴任した。

「当時、放射線治療チームは〝アマゾネス〟って言われていました(笑)。当初は兄と同じ職場というのは何とも居心地が悪かったですね」

当時から、診療科の壁を取り払ったチーム医療を特色としていた呼吸器チームで、妹と兄は同じチームで仕事に従事することとなった。

「カンファレンスでも最初は恥ずかしくて、〝あの~〟とか言って。兄も〝放射線の先生さぁ~ん〟なんていう感じだったんですけど、だんだん慣れてくると、〝おい、おまえ〟とか〝兄貴が言うのはさぁ~〟なんていうやり取りになって、他の先生方から〝ここで兄弟の会話は止めてください〟って言われたりしていました(笑)」

全国屈指の肺がん治療の最前線ながら、和気あいあいとした雰囲気が強固なチームワークを醸成してきたのかもしれない。

重粒子線治療のエビデンスを出していくことが使命

中山さんは2017年5月に開催される『国際粒子線治療共同グループ(PTCOG)』会議の会長を務める。

「粒子線治療の未来についてアピールできる良い機会だと思っています。放射線治療はますます選択肢が増え、その延長線上にある粒子線治療についてきちんと理解してもらうことは大切です。今後は他の治療と重粒子線治療でどんな治療が可能なのか、化学療法との相性は、手術との組み合わせはどうなのかなどをしっかりと検証して、エビデンス(科学的根拠)を出していくことが私たちの使命だと考えています」

一般の人々への放射線治療、そしてがんについての理解を深めてもらうための啓蒙にも力を注ぐ中山さんは、市民講座にも積極的に参加する。

「放射線治療についての理解はまだまだだと思います。特に患者さんでは、放射線の機器(装置)と治療法を混同している方もいらっしゃいますし、新しい治療がいい治療だと思って求めてくる方もいます。でも、先ほども言った通り、新しい治療が必ずしもご自分に合った治療とは限りません。きちんと整理してその方に合った治療を勧めてくれる医師のもとで治療を受けるべきだと思います。

それから、市民講座などでいつもお話するのは、がんになる前から、治療についての知識を身につけておいていただきたいということです。ひと通り知っていれば、いざがんになってしまったというときに、冷静に選択できると思います」

1人の人間として患者と向き合う

日々、多忙を極める中山さんだが、ふっと緊張を緩めて過ごす時間を持つ。

「きちんと仕事をして、仕事が終わったら1杯やってストレス解消!それが私の明日への活力です」

かなりの酒豪との噂だ。

「夜、遅い時間に私が医局をウロウロしていると、皆、目をそらすんですよ。〝ああっ、誘われる〟ってね(笑)」

酒席では、様々な人々との会話を楽しめることも貴重だと話す。

「医者は、治療する役割だけではなく、様々な患者さんと触れ合う仕事でもあるのです。だから、日頃からいろんな世界の方々とコミュニケーションを取ることはとてもためになります。特に放射線治療医というとコンピュータと睨めっこして、小難しいことばかりやっていると思われがちですが、一人の人間として患者さんと向き合うことは大切なんです」

話の1つひとつがとても明解でわかりやすく、その親しみやすい笑顔には癒される。

そんな中山さんを慕って、雑談だけしたいと訪れる患者が多い。

人間味あふれる〝男前〟な女性医師は、今日もがん治療の最前線において温かい眼差しで患者を見守る。

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