あらゆる治療の可能性を考え 難治がんの膵がんに挑む
IgG4関連疾患に対する情報の普及と啓蒙に努める
これらの結果が先述した2003年の論文へと結実する。
「それまでは、膵がんと誤診されたりして手術で取ることもありましたが、きちんと診断がつけば手術の必要がなく、ステロイドが良く効く病気であることを解明しました」
ステロイドを投与すれば95%の人に効果があり、根治も望めるという。膵がんとは雲泥の差だ。今や、自己免疫性膵炎は、診断基準や治療ガイドラインもでき、自己免疫性膵炎で手術をすると訴訟になるような時代となった。神澤さんの功績だった。
「とはいうものの、やはり診断はなかなか難しく、私のところには鑑定の依頼があったり、手術後の患者さんが相談に訪れたり、医師からの相談も未だにあります。ある意味で診断がつけにくいのは仕方ないという面もあるのです。
胆汁や組織を取って細胞診を行うと、炎症により細胞が変性してクラス4、5など、がんの判定が出てしまうこともあるからです。しかも相手は膵がんですから、医師はできれば早めに治療を始めたいと思ってしまうのです」
神澤さんは、今後も自己免疫性膵炎やIgG4関連疾患に対する情報の普及と啓蒙が重要だと話す。現在は疾患の概念が普及し診断がつくようになり、2011年の全国調査では、6,000例弱の自己免疫性膵炎が集計された。
膵がんとの関連性の研究進む
神澤さんは現在までに、自己免疫性膵炎で約120例、IgG4関連疾患全体では約200例の症例を経験している。IgG4関連疾患は、2015年には厚生労働省により難病に指定された。
現在、自己免疫性膵炎と膵がんの関連性についての研究も進められているという。
「自己免疫性膵炎で膵がんになった患者さんの報告が最近ありますが、多くは自己免疫性膵炎から3~5年で膵がんを発症しています。慢性膵炎が前がん病変であるというのは常識で、慢性膵炎だとがんになる確率が一般の人の30倍増えると言われています。慢性膵炎の場合は膵がん発症まで20年前後かかると言われていますが、それに比べると自己免疫性膵炎は発症までの期間が短いです。
自己免疫性膵炎と膵がんの関係は、自己免疫性膵炎が特殊な炎症のため急速にがんを引き起こしたのか、自覚症状がないため長い間放置されていたのか、逆にがんができて、がんに対するその患者さんの体質によって自己免疫性膵炎様の反応が起きたのか、両者に全く関連性はないのか、まだはっきりしたことはわかっていませんが、きちんとした検証が必要です」
実際、膵がんの手術をすると周囲に自己免疫性膵炎が見つかることがあるという。自己免疫性膵炎と膵がんの関連を調べることで、膵がんの発症の解明に対しても新たなアイディアが生まれる可能性がある���もしれない。
『ランセット』の膵がん部門での〝統括者〟に
2014年、神澤さんのIgG4関連疾患に関する論文は、世界5大医学誌の1つである『ランセット』に掲載された。日本人が筆頭著者で書いた総説は極めて稀であり、大きな功績だ。
2015年からは、『ランセット』では、いくつかの重要な疾患について、その最新知見をまとめる責任者を指名しているが、神澤さんは、膵がんに対する〝統括者〟として、4年間の契約で、膵がんに対する新たな知見が出た場合には、いち早く誌上で発表する責任者を務めている。
2016年1月には、膵がんの疫学、リスク因子、診断、治療に関する最新の知見をまとめたセミナーを同誌に発表した。日本人ではおそらく初めてのことだ。
そんな神澤さんが座右の銘としているのが、〝医師は生涯科学者たるべし〟だ。
「京都大学の千葉勉先生からいただいた言葉です。医者は、医学の発展に少しでも寄与できるように、臨床の現場にいながらいつもリサーチマインドを持っているべきだということです。機会があるたびにいろいろな場所で話すようにしています。
それから若い先生にいつも言うのは、研究したら必ず英文のペーパーにせよということです。自分の業績を世界に訴えて、評価されたり批判されたりすることで、自分の研究がさらに発展していくための力になるからです」
チャレンジングマインドいっぱいの情熱を醸し出す
神澤さんは、現在、日々の診療と病院経営の傍ら、3つの大学で非常勤講師を務め、『ランセット』以外にも、医学誌の編集委員を日本で5誌、海外で10数誌務め、それらの査読をほぼ3日に一度のペースでこなす。自らの論文を書き、若い医師の論文をチェックし、依頼原稿を書き、新しい文献にも常に目を通す。休日もそれらに時間を取られ、プライベートな時間はほとんどないと笑う。
しかし、そこまでのめり込むほど、膵がんの臨床と研究にはやりがいがあると神澤さん。
「膵がんが消化器がんの中で診断も治療も最も遅れているし、わからないことも多く、研究の題材が多いからでしょうか。これからは、一緒に臨床や研究に付き合ってくれる若い人の育成が大切だと思っています。僕がやってきたIgG4関連の研究はここ数年、若い先生たちに任せています」
物静かで朴訥、そして温かい人柄という印象の人だが、自らの仕事について話す眼差しの奥には、チャレンジングマインドいっぱいの情熱を感じる、そんな凄腕の医療人だった。