大胆、スピーディかつ繊細腹腔鏡を自在に操るパイオニア
腹腔鏡で早期回復を実現する

腹腔鏡のパイオニアにとって、後輩育成も重要な任務だ
腹腔鏡手術は、術後の回復が早いのが大きなメリット。
「開腹手術で腎臓を切除すると1カ月ぐらい働けないし、前立腺がんでも3日目ぐらいでやっと歩けるようになります。しかし、腹腔鏡手術ならば翌日には歩けます。圧倒的に回復が早いのです」と寺地さんは語る。
傷口が小さいことに加え、開腹手術と違って臓器が空気にさらされないのも利点だという。そのために、腸などの癒着が格段に少ない。細部を拡大して見ることができるので、出血量が少ないことも大きい。
かつては難しさから、手術に時間がかかるのが難点だったが、今は腎がんや副腎腫瘍は開腹手術より短時間でできるという。近くにある腸管や大血管の損傷など合併症の危険も、格段に少なくなった。
腹腔鏡手術に適した道具が次々に作り出され、剥離の仕方にも標準的な方法が開発されるなど、腹腔鏡手術は大きく進歩した。寺地さん自身も、その開拓者の1人だ。さらに、医師全体の技術力の向上も大きい。
2004年に泌尿器腹腔鏡技術認定制度が制定された。審査基準の中には、実際に行った腹腔鏡手術をビデオで審査するという項目も含まれている。
「泌尿器科学会には6000人以上の専門医がいますが、今では787人、専門医の12%が腹腔鏡の技術認定を取得しています」と寺地さん。
日本人は手先が器用だし、この技術認定制度によって、欧米の医師より平均的なレベルははるかに上がったそうだ。
増える腹腔鏡、増える部分切除
その結果、現在の日本の泌尿器科の手術では、腹腔鏡手術が大きな割合をしめている。
前立腺がんは、年間1万件以上の手術があるが、約4分の1が腹腔鏡で行われている。東海大学には、腹腔鏡手術の可能性を求めてやってくる人も多く、2011年に行った前立腺がんの手術は、全て腹腔鏡手術だったそうだ。
腎臓の全摘手術は、全国で年間8000件ほど行われているが、こちらも4分の1が腹腔鏡手術。寺地さん自身は、「前は、腎臓にとどまる7cmまでのがん(T1)を腹腔鏡手術の対象にしていましたが、今は10cmぐらいまで(T2)なら何とかなります」と語っている。
一方、ここ数年腎がんは全摘より部分切除が増えている。東海大学でも、2011年は腎部分切除が腎臓の全摘術の2倍以上になっている。「アメリカで腎臓を全摘した人は、部分切除をした人に比べて慢性腎臓病になって亡くなる率が高いというデータ���出たのです」と、寺地さんは話す。
しかし、部分切除は技術的に難しいため、これまでは開腹手術が行われる傾向にあった。
部分切除の対象になるのは4cm以下のがんだが、寺地さんも「腹腔鏡で3cmを越えるがんを切除するのは大変、という感覚でした」という。3cmのがんは、安全域を入れると結局5~6cm切除が必要になる。そうなると、部位によっては安全に切除するのが難しくなるのだ。しかし「今は慣れたので3~4cmでも腹腔鏡で手術します」と寺地さん。
腎機能維持のカギは素早い止血解除
とくに、難しいのは腎臓の内側で成長したがんや動脈や腎盂などが集まる腎門部に近いがんだ。外側に突出したがんならば、形が分かりやすいが、内側にあるがんは形が分かりにくく、切除が難しい。
腎部分切除術は一時的に血流を止めて行うが、腎臓は血液不足に弱い。血流の遮断が20分を超えると、機能の回復力が低下するという。しかし、その間にがんを切除して傷口を縫い合わせるのは、なかなか難しい。25分ぐらいかかるのが通例というが、寺地さんは15~16分。今日は10分ほどで血流を再開した。アーリーアンクランプという方法を使っているからだ。
「傷口に一針かけて結び、ジワッと傷を寄せると血管が圧迫されて止血になります。この段階で腎臓に血流を再開させるのです」と寺地さん。傷口を完全に縫いおわるまで待たずに腎臓の血流を再開するので、ほとんどダメージがないのである。傷口が縫い終わるまでわずかな出血は続いているが、確実で素早い縫合と糸結びができて初めて可能な方法である。
変革期にさしかかる泌尿器の治療

患者さんの早期回復と機能維持を目指して、高度な技術が要求される腹腔鏡手術を続ける寺地さん
腹腔鏡手術の世界でも、ここに来て大きな変化が始まっている。
2011年、前立腺がんの手術に内視鏡手術支援ロボットが使用されたこともあり、急速にロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術が普及している。
「アーム(ロボットの腕)も自在に動くし、視野も立体的。習熟期間も短いなど利点が多い」と寺地さんも評価する。実は、この日寺地さんの右肘には大きな張り薬が貼られていた。テニス肘ならぬ「腹腔鏡肘」。器具の操作に肘を酷使するので、腹腔鏡手術は医師にとっても負担が大きいのである。
とくに「前立腺や腎の部分切除、腎盂形成術、それから膀胱がんの尿路変更にもロボットを応用するとメリットが大きいと思います。そのためにも十分トレーニングを積んでほしい」と寺地さんは語っている。