キラーT細胞リンパ球活性化でがんを撃つペプチドワクチン療法の旗手

取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2013年3月
更新:2013年6月

ワクチンの働きを証明


取り出したペプチドを解凍し、油の溶液と混ぜる。早くても15分ぐらいかかるそうだ

中には、リンパ節の転移巣が著明に縮小し、骨の転移巣が壊死し、肝臓にあった約1.5cmのがんが2個消失した例もあった。

「この試験では2カ月間の評価で、部分奏効が1例と不変が19例。合わせて全体の6割は、3回のワクチン接種でコントロールできるという結果だったのです」と中面さんは説明する。

臨床的には増悪した患者さんの中にもワクチンの効果は認められた例があった。この人は、肝がんが多発し、静脈にもがんが入り込んで腫瘍栓(血管の中をがんが這っていく)を形成、心臓まで伸びていた。2回のワクチン接種後に亡くなったのだが、解剖の結果、肝臓のがんのほとんどは壊死しており、その周囲にはキラーT細胞が集まっていた。つまり、肝臓内のがんにはワクチンが効いていたと思われる。ところが、腫瘍栓のほうにはほとんどキラーT細胞が見つからなかった。結局、がんは進展して心臓の右心房を塞ぎ、これが死因となったのだ。

「なぜ、肝臓内のがんには効いて腫瘍栓にはキラーT細胞が入っていかなかったのか、まだ原因は不明です」と中面さんは今後の課題とするが、ワクチンが体内でかなり大きな働きをすることは十分にうかがえる事例だった。

副作用に関しては発赤とシコリが主で、一部の人に一時的な発熱と皮疹が出る程度だ。量を増やしても大きな副作用はないことが判明した。

再発予防効果に期待


混ぜたワクチン液を生理食塩水に垂らし、きれいな円になったら完成。かなり粘度が高そうだ

この試験で対象になったのは肝がんが進行してすでに手の打ちようがなくなった患者さんたちだった。

「ワクチンの効果は強力ではないので、この段階でがんを消滅させるのは難しい。しかし、それでも延命効果には期待しています。小さながんならば、効く可能性は増えるかもしれませんが、そのようなケースでは他の確実な治療法がとられます」

中面さんがワクチンに期待するのは、再発予防効果だ。

肝がんの多くはウイルス性肝炎という発生母地を持つため、1年で4割、2年で6割が再発する。手術できれいに取れたようにみえても、すでにがんの芽がある可能性も高いのである。

こうした再発の芽を摘むのにペプチドワクチンは適しているのではないか、と中面さんは考える。再発予防効果を検証するための第Ⅱ相臨床試験の40例の登録が終わったところで、冒頭の3人はその参加者というわけだ。

今回は、3mgのワクチンを2週ごとに6回、さらに2カ月に1回ずつを4回、計10回投与して再発率をみる。臨床試験に登録した40人ほどのうち、ほとんどが根治手��後の人たちだ。

「1年再発率は今のところ18.5%と低いのですが、1年間のワクチン接種が終わったあと徐々に再発が増えていく傾向がみえます。それで、ワクチン接種の終了後にキラーT細胞がどうなっているのか調べているところです」と中面さん。予防ワクチンの先鞭になればと考えている。

期待大だけに研究は慎重に


ワクチン投与を終了した患者さん。中面さんから再発がないことが告げられた

ワクチンの効果を高めるために、いろいろなペプチドを組み合わせるカクテルワクチンや、がん自体にペプチドを投与して目印(抗原)を増強する方法なども研究が進んでいるそうだ。

かつては見向きもしなかった製薬会社も臨床試験の結果を受けて、さまざまなワクチンの企業治験をスタートさせている。「そのうちいくつかは、薬になるでしょう」と中面さんは将来を見つめる。

まだワクチン療法は開発途上。中面さんは期待が大きいだけに慎重に研究を進めたいと考えている。

「まずはワクチンの効果を科学的に証明して、患者さんを救うことが1番です。しかし、それだけではなくワクチンは副作用が少ないので、終末期の患者さんにも最後まで希望を持って治療を受けてもらうことができます。それもまた大事な治療だと思うのです」

家族や親しい人をがんで失った多くの人々と思いは同じだ。

ワクチン療法には、がんの治療や再発予防効果はもちろん、終末期の治療の選択肢としても期待が大きいのである。

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