不可能を可能に――ガンマナイフで治療への道を突破
「15分」にかけた思い

検査は3カ月後に行う。ガンマナイフで腫瘍は消えないが、がんが壊死して萎縮することもある。さらにむくみが消える。
「転移性脳腫瘍の、麻痺やめまいなどの主な症状は、腫瘍周辺に起こるむくみが原因です。この患者さんも今は車椅子ですが、むくみが消えれば歩けるようになるかもしれません」
通常、治療計画を作るには1時間ほどかかるが、7000例もの患者さんをガンマナイフで治療してきた林さんは、15分ほどで作り上げる。その15分にさまざまな思いを込めている。
「治療計画には、医師の考え方や経験が全て現れる。コンピュータと精密ロボットで行うハイテク治療ですが、医師の微妙な感覚ともいうべき〝さじ加減〟が必ず反映されます。そのさじ加減こそ、患者さんから感じさせられた意思・人生観・尊厳そのものであり、私たち医師がキャンバスに絵を描くように治療計画を完成させるのです」
半年、1年と寿命を延ばせるならば、積極的に照射するし、余命が短いと予想されれば最低限の照射にとどめ、再発したときにまた治療をする。患者さんの治療を〝点〟で考えるのではなく、人生という〝線〟で捉えること。つまり、患者さんが望む今後の人生をどのように送り出すかということを共に考えて治療を行うのがガンマナイフに与えられた使命とも言えるのだ。
「患者さんが望む治療を」
林さんが「専門分野を持ちたい」とガンマナイフの勉強を始めたのは、医師になって3年目のことだった。それから、たとえ治療ができないと宣告された患者さんについても、なぜ治療できないのか、ガンマナイフでできることはないか、徹底的に研究してきた。通常、ガンマナイフで治療できる転移性脳腫瘍は4個までだが、林さんは10を超える腫瘍も治療する。多いケースでは、119個の転移性脳腫瘍を治療したこともある。
「腫瘍が15個あるから全脳照射に、と機械的に考えるのではなく、患者さんがやりたいことを実現できるように治療してあげたいのです」と林さんは語る。
しかし、脳全体に放射線を照射すると、見えない転移の芽もつぶせる代わりに、認知症などの合併症も多い。「全脳照射は、最後の切り札」と林さんはいう。
だが、たった1個の脳転移で全脳照射を受けた患者さんに、「ガンマナイフで治療できたのに」とは言わない。患者さんの選択を否定したくないからだ。技術的な研究と同時に、林さんは「患者さんのこころをいかに救うか」を考えてきた。
「自分で治療法を選択しろと言われても、患者さんにはつらい。私は、いろいろな治療法の説明をした上で、最後に必ずマイ・オピニオンを提示します」
医師人生を変えた2つの出来事

脳機能障害のガンマナイフ治療を学ぶため、何度断られてもメールを送って熱意を示しフランス留学を果たした。大学の枠組みにとらわれない治療のために、ガンマナイフセンターもつくった。なぜそこまでアグレッシブに医療に立ち向かえるのか。
きっかけは友人の死だった。医師2年目、友人が突然亡くなった。脳の動静脈奇形が破裂した。20年前は、脳深部の脳動静脈奇形を手術で治すことは至難の業だった。しかしガンマナイフの登場でそれが可能になった。
「僕は難しい部位でも脳動静脈奇形の治療を積極的に行っています。自分がひるんだら、患者さんが友人と同じことになってしまう。とくに他施設でも断られてきたお子さんの患者さんの治療はより思い入れがあります」
ガンマナイフの治療技術も画像診断の技術も格段に進歩した。
「技術が進歩したら次は医師の技量。自分がやらなければと、武者震いがするんですよ。でも技術の進歩は患者さんにより良く安全に治療をしたいという医師側の熱意が反映し進んでいると思って診療に励んでいます」
昨年自らの人生観・医師観を変える出来事が起きた。多忙の中、心筋梗塞で倒れた。初めて命の危険を伴う病気になり、突如患者の立場になった。
「体は良くなっても不安は残ります。大丈夫という安心感を患者さんに与えるのも医師の仕事。以前ならそのくらい仕方がないよ、と言っていたことも、それはつらいねと身をもって言えるようになりました。外来こそ〝こころの手術場〟ですから」
〝患者さんの前では医師らしくなく、医師の前ではより医師らしく〟つまり、患者さんには同じ人間なのだという観点で悩みも喜びも共有できる医師でありたい。しかし、医師の中では「世界中でこの治療は林だ」と一目置かれる医師を目指す。これが医師を目指してから現在までの変わることのない林さんのモットーだという。2015年横浜で開催する第12回国際定位放射線治療学会学術大会の学会長に決まり、林さんは名実ともに世界の頂点に立つことになった。
脳転移にもっと注意を!

ガンマナイフの性能が向上し、今後は脳だけではなく、頭頸部がん*への応用も期待されている。
「分子標的治療薬も出てきて、治療の選択肢は増えている。見える腫瘍はガンマナイフで、見えないものは分子標的治療薬で叩く。それも追いつかないときは全脳照射というのも今後1つの手となるでしょうね」
脳転移は症例が多いわりに十分な注意が払われていない。
「脳転移はある程度大きくなり、むくみが強くならないと何の症状も出てきませんが、症状が出てからでは患者さんが希望する人生を実現させることはできません。肺に転移したら必ず脳も検査する。肺の隣といえる臓器こそが脳だからです。症状が出る前にガンマナイフで治療をすれば、数多く脳転移があっても治癒は可能です。どのような脳の状況で最初に外来に訪れるかですべてが決まると言っても過言でありません。早期発見早期治療こそ絶対と考える病態です。
今や脳転移治療は歯科へ行くのと変わらない体への負担で治療できる時代です。脳転移そのものは怖い病気ではなくなりましたよ」と林さんは語った。
*頭頸部がん=眼科・耳鼻咽喉科・歯科口腔外科領域など