乳がんはしっかり治療、新しい乳房で患者さんに笑顔を!
再建が乳がん治療の障害にはならない

再建をすることで、再発率が高まったり、再発の発見が遅れたりするのではという不安を抱く人もいるが、局所再発率には差がないことがわかっている。術後の検診の際にも、とくに問題はないそうだ。
「形成外科の医師と連携して乳房再建を始めて6~7年になりますが、局所再発をした患者さんは今のところいません」と坂東さん。しかし、全摘で乳腺組織を摘出してしまえば、理論的には局所再発はないはずだが、残した皮膚から再発する危険性はゼロではない。
「しかし、たとえ局所再発の治療が必要になっても、再建したことが不利にはなりません」と坂東さんは語る。
実際に、再建する人としない人で、手術の内容は変わるのだろうか。
「がんを確実に切除することはどちらの場合も同じです。ただ、再建手術を行う場合にはきれいに皮膚を残すために傷の位置を考えますね」と、坂東さんは指摘した。
A子さんの場合は乳首は切除し、乳輪の皮膚は残した。さらに、皮膚に近い乳腺までがんが広がっていたので、皮膚の真皮の下にある皮下脂肪ギリギリまで乳腺組織を切除した。「皮膚を薄くしすぎると壊死することもあるので、その加減が大事なのです」と坂東さんは言う。後日、乳首は形成外科で作る。「遠目ではわからないくらい」になるそうだ。
同病院の場合、がんの専門家である乳腺外科と形成外科が担当する再建外来で、相談できるのも患者さんには大きなメリットだ。
ビキニも着られる! 穿通枝皮弁法

再建には、人工物(インプラント)を使う方法と、自分の体の組織を移植する方法がある。
インプラントは、体の他の部位を傷つけないですむのが利点だが、「乳房の大きい人や下垂した乳房に対応するのは難しい」そうだ。保険が効かないのも難点。(2013年4月現在)年月が経つとインプラントの劣化により交換が必要になる。
一方、自分の組織を使う移植には背中の筋肉や脂肪を使う広背筋皮弁法と、腹部の組織を使う方法がある。いずれも温かみや柔らかさがあり、自然に近いのが利点。ただし、背中の筋肉と脂肪を使う広背筋皮弁法はボリュームが少ないので、小さな乳房や温存手術で変形が��る人などに向いているという。
お腹の腹直筋を脂肪や筋肉と一緒に移植する腹直筋皮弁法は「ボリュームもあり、安全性も高いのですが、腹直筋を使うので、術後の痛みが強かったり、腹筋がゆるむことによって腸が出ることにより腹部ヘルニアを起こすリスクがあります」
現在、美容的な面でも筑波大学附属病院で一番多く行われているのが、穿通枝皮弁法だ。これは、腹部の筋肉は残して、皮膚、皮下組織と脂肪組織に血管を付けたまま摘出し、乳房の皮膚の下に移植する方法。血管をつながなくてはならないので、「高度な技術が必要ですが、腹筋を傷つけないので術後の痛みも少ないし、腹部ヘルニアを起こす危険も低い。形成しやすいのできれいに再建できるのです」と、坂東さんは説明している。
微小血管の吻合は、形成外科医の得意とするところだ。乳腺外科と形成外科が連携してこそきれいな再建が可能なのである。ちなみに、自家移植には保険も適応になる。
「腹部の傷は少し横に大きくなりますが、下着のラインを考えて縫合するのでビキニを着ても傷は目立ちません。傷の大きさは帝王切開よりやや大きいぐらいですが、腹筋を切らないだけ楽かもしれません」と坂東さんは話している。
この方法で同時再建をすると手術時間が7~8時間と長くなるが「技術が進歩しているので10時間麻酔をかけても、止めれば10分で目覚める」そうだ。
患者さんが諦めていた部分を埋めたい
坂東さんが、乳腺外科の専門医になって10年ほどになる。そこで常に考えてきたのは「乳がんを治すだけではなく、がんになったことが人生のマイナスにならずに患者さんが生き生きと暮らすこと」だった。
実は、坂東さんの父親は、形成外科医としてアメリカに留学し、日本で乳房再建術を始めた最初の医師の1人。坂東さんは子どもの頃から、論文やスライド整理の手伝いをして「おっぱいのない人もいるんだ」と知った。そして、無事に乳がんの手術を終えることより、乳房再建手術を終えたときに「これで孫とお風呂に入れます」、「温泉に行けます」と喜ぶ患者さんの笑顔を見てきた。
「乳がんについて、病気として学問的に知るより先に、治療を受けた患者さんの人生から知ることができたのは幸いでした」と坂東さんは語る。
乳房再建に取り組んだのも自然の流れだったといえる。
しかし今、坂東さんが求めているのは再建だけではない。「抗がん薬治療や再発も含めて、患者さんが不安なく病気を受け止められるようになってほしい。遺伝性がんのカウンセリングや若年性乳がん患者さんの妊孕性の温存など、患者さんがあきらめていた部分を開拓していきたいのです」と話す。
そのために、質の高い医療とは何なのか、欧米にも留学して見聞してきた。「さすがに、再建術が普及しているイタリアなどでは、患者さんの要求レベルも高いし、またそれに応える医師の技術も高い」のだという。60代、70代になってもビキニの日焼けあとがくっきり残る乳がん患者さんたちが多い。
再建を望む患者さんがどこでも受けれるように
日本では、まだ高齢者の乳房再建は少ないが、若い人や中年世代では、再建を希望する患者さんが増えている。それに応えるためには、医師の技術の向上と同時に再建を行うシステムの拡充が急務だと坂東さんは語る。
「乳房再建を行う病院は限られています。ブレストセンターのように、乳腺を全体的にみて再建術を行うセンター化を進めるのか、どこの病院でも再建を受けられるようにするのか――それも考えなくてはなりません。
情報提供も必要です。乳房再建をできない病院であれば、できる病院をきちんと紹介する。手術を受ける病院で再建術を行っていないとなると、自分で別の病院を探す方もいますが、諦めてしまう方もいらっしゃいます」
ましてや再建できることを知らなかったではすまされないことだ。
患者さんの人生が透けて見える医療が好き、という坂東さんは、患者さんたちが乳がんという大きな試練を超えて、いかに人生を充実させていくか、より大きな視野から乳房再建のあるべき方向を見つめている。