前立腺がん治療の常識を覆した小線源療法の先駆者
低リスクでは5年非再発生存率98%
低リスク | 中リスク | 高リスク | |
病期 | T1-T2a | T2b-T2c | T3a |
グリソン スコア | 2-6 | 7 | 8-10 |
PSA値 (ng/ml) | 10> | 10-20 | 20< |
低リスク : 低リスクの要素を3つとも全て満たす
高リスク : 高リスクの要素を3つのうち1つでも満たす
この間に、治療技術も進歩した。
コンピュータで、線源を置く位置や数を計算する方法も高度になり超音波画面を見ながらより正確に線源を挿入することができるようになった。「計画を立てる医師や線源を挿入する医師も慣れてきたので、より効率的な照射ができるようになりました」と斉藤さんは話す。
線量を増加したほうが治療成績が高いことが米国でも証明され、当初より1割ほど線量もアップされた。その結果、小線源療法の適応も広がってきた。放射線治療は局所治療なので、「前立腺内に限局した初期のがん」が治療対象であることに変わりはない。しかし、その中身が変わってきたのである。

前立腺がんは、PSA値とがん細胞の悪性度を示すグリソンスコア、画像診断でみた臨床病期によって、表のように低リスクから高リスクまで
3段階に分けられる。以前は、「低リスク(PSA10以下、グリソンスコア 6以下、病期T2以下)、つまり前立腺の外にはみ出していない、悪性度も低いがんが、治療の適応と日本では考えられていました。しかし、米国の小線源学会は、中リスク以上の限局性前立腺がんには小線源療法と外照射の併用が推奨されるとしているのです」
実は、斉藤さんたちは小線源療法を開始した当初から中高リスクの患者さんには併用療法を行ってきた。
すでに、低・中リスク群では手術でも小線源療法でも5年非再発生存率は約90%以上と両者に差はないことがわかっている。しかし、体への負担が少なく、尿失禁や性機能障害が起こりにくいこと、入院期間が短いのが小線源療法のメリットだ。
では、高リスク群ではどうなのだろうか。
高リスク群に手術以上の効果

米国ではリスクが高くなるにつれ、手術より小線源と外照射を併用した治療のほうが成績が良いことが報告されている。
「低、中リスクの場合は、どちらでも治療成績は同じです。ところが、高リスクになると小線源と外照射、それに一定期間のホルモン療法を加えた群が最も治療成績がいいのです」
以前は、高リスク群は手術を行い、がんの周辺部も含めて広く切除するとされたが、手術ではなかなかがん細胞を全て取りきれない。それよりも、前立腺の周囲までしっかり放射線をあてたほうが、局所を抑えるのに有効であるというのである。
斉藤さんたちが放射線を併用する場合、小線源は160グレイから110グレイに、外照射は76グレイから45グレイに、それぞれ照射量を6割程度に減らして照射する。両者を合計すると、生物学的効果線量はそれぞれ単独の場合に比べてはるかに高くなるからだ。
その結果、東京医療センターでの治療成績をみると、高リスク群の5年非再発率は86%。手術では通常50~60%だから、併用療法のほうがはるかに高い治療成績が出ているのである。生物学的効果が高い分、合併症の発生頻度も小線源や外照射単独より少し高くなるが、排尿時にしみる、便に血が付くなど一時的な症状がほとんどで、多くがQOL(生活の質)が低下するほどのものではないそうだ。
こうした結果から、斉藤さんは「いまだに、高リスクというと手術で周辺組織を多く切除する考えがありますが、手術より小線源と外照射を併用したほうが治療成績が高いというデータが出ていることを患者さんにも認識してほしい」と語っている。
がんのリスク別で治療法を選ぶ

一方、まだ解決しなければならない問題もある。
外照射の場合、ホルモン療法を2~3年と長期で併用すると、前立腺の治癒する率が高まり死亡率が低下するというデータが出ている。
しかし、小線源と外照射を併用するとそれだけでがんに対する有効性が高くなる。そこに、長期にホルモン療法を併用する必要があるのか、という問題だ。実際に斉藤さん達はホルモン療法を治療前に短期的に併用するだけで高い治療成績を出している。
これに関しては、すでに無作為化試験が計画され、2012年末に340人の患者登録が終了した。

小線源と外照射の併用療法に2年半ホルモン療法を加えた群と半年だけホルモン療法を行った群を追跡調査し、その結果を海外に向けて発信していく予定だ。
斉藤さんは、「小線源療法は、低リスクから高リスクまで全ての限局性前立腺がんの治療法として確立されつつあります。これをきちんと確立させて、治療成績が高いことを訴えていきたい」と語っている。
さらに、最近は「ダヴィンチ」によるロボット支援内視鏡手術が急速に普及している。
「ロボット手術は視野が良くて神経温存など細かい手技に向いています。低リスクで小さく切除しても安全ながんにはロボット、高リスクがんには生物学的効果の高い小線源と外照射を併用し、ホルモン療法を加えて治療するのが望ましい」と、両者の長所を生かした治療の選択を提案している。