個別化医療でより効果的に、より副作用を少なく
進む研究 耐性に対してはさらなる新薬
がん細胞はしぶといので、分子標的薬による攻撃を受けても、耐性を備えてしまうことがある。個別化医療では、そのようなケースにも対応すべく、研究開発が進んでいる。
たとえば、肺がんにおけるEGFR-TKI(EGFRチロシンキナーゼ阻害薬)のイレッサや*タルセバが耐性を持たれてしまったケースだ。これらの場合、多くの場合、T790Mという2次的な遺伝子変異が見つかる。これが、薬が効かなくなる原因だ。次世代の分子標的薬を開発し、これを抑えようという研究が進んでいる。
「今年のASCO(米国臨床腫瘍学会)年次学術集会で新しい臨床試験データが出されました。2薬剤のフェーズⅠの結果でしたが、効果がよく現れていました」
また、ALK融合遺伝子陽性の非小細胞肺がんで、日本でも先日承認された*アレセンサという新薬(図4)が、現在の標準治療薬であるザーコリに耐性の出た症例でも高い有効性を示すデータも出ている。

*タルセバ=一般名エルロチニブ *アレセンサ=一般名アレクチニブ
個別化医療のカギは「アンブレラ・タイプ」
個別化医療を進展させるには、ドライバー遺伝子を突き止めて、それに対応する新薬を開発することが必要だ。その中でキーとなるのが、個人個人のがんのドライバー遺伝子を見極めること。医療界ではスクリーニング(選別)と言う。より効率的にスクリーニングを行い、それを治療や新薬開発につなげようという取り組みが盛んに行われている。
「それぞれのがんで、ある種の遺伝子変異が顕著に見られる一方で、1、2%しか見られない遺伝子変異が原因となっていることもあります。とても少ない頻度です。しかし、原因となる変異がわかっていながら、無視することもできません。かといって、製薬メーカーでは臨床試験をするための症例を集めにくいという大きな難点がありました。それを解決しようというのが、『アンブレラ(雨傘)・タイプ・スタディ』とその効率化を図るスクリーニングネットワークの構築です」
これは、1つのがん種におい���も数種類から10種類程度あるターゲット遺伝子を1つひとつ陽性か陰性かを調べていっては時間も経費も大変なことになるので、包括的なスクリーニングを行うことで一気にターゲット遺伝子を割り出すことから始まる。そして、それぞれのターゲット遺伝子が明らかになった患者さんを、それぞれの新薬を開発している製薬メーカーの臨床試験に導こうというものだ(図5)。

「国立がん研究センターでは肺がんについて大規模に進めていますが、大腸がんや胆道がんなどほかのがん種でも始まっています。このシステムを使えば、将来的に今までわからなかった遺伝子変異も解明されることになるでしょう」
分子標的薬の併用でがんを制圧

遺伝子の解析が進むにつれ、新しいことが次々とわかってくる。1つの遺伝子の異常に対応する分子標的薬を投与しても、ほかのルートが活性化されてがんが増殖してしまうケースも明らかになってきた。
「例えば、BRAF遺伝子変異陽性のメラノーマは、BRAFからMEKに伝わるシグナルの経路を抑えればいいのですが、BRAF遺伝子陽性の大腸がんの場合は、他の経路の活性化もあるので、3カ所を抑えなければなりません。
ある試験では、単剤ではメラノーマでは約80%で効きましたが、大腸がんでは5%ほどでした。一方で、大腸がんにおいて、それぞれの経路を抑える抗EGFR抗体、BRAF阻害薬、MEK阻害薬の3剤を併用するととても効果が上がるという結果も出ています」(図6)
進むコスト削減 「パーソナルゲノム」の時代

大津さんは、今後の個別化医療の進展に向け、解析コストの低減とそれに関係する課題を挙げた。
「問題はコストですが、従来の将来予測よりもすごい速さで低減されています。2008年に「100万ドルゲノム」と言われたのが、最近は米国では1000ドルゲノムまで達成されています。普及が進めば数年のうちに100ドル(1万円)くらいになるかもしれません(図7)。
そうなると、普通に採血するレベルでゲノムの検査ができるようになります。すでに、米国では一部の遺伝子検査が一般人を対象に商品化されているほどです。
一方で、個人個人のゲノムがわかるということは、別な問題も生じさせます。解析のクオリティの保証や発症予測とその予防的なことなど、解決すべき問題や体制整備もあり、どこまで実施すべきか慎重に考えなければなりません」
新しい日進月歩な分野だけに、解析技術や創薬の促進とともに、その使い方の検討も進められなければならない。
個別化医療コラム
大津 敦 国立がん研究センター早期・探索臨床研究センター長
/東病院臨床開発センター長
解析技術の進歩を創薬につなげる
がんは遺伝子の異常で起こる病気です。どのような異常が起きるかは、個人差があります。そして、それぞれにあった薬を投与しようというのが個別化医療です。最も効果が高く、最も副作用が少ないことが期待できます。
個別化医療は、がん治療のターゲットとなる遺伝子を突き止めることから始まります。遺伝子ゲノムの解析は日々進んでいて、複数のターゲット遺伝子が新しく発見されています。そのための仕組み作りも大がかりに進んでいます。
次の段階は、その遺伝子解析を治療につなげることです。遺伝子変異が見つかっても、それに対抗する薬がなければ、治療はできません。
頻繁に見られる遺伝子変異なら製薬メーカーの開発意欲も高いのですが、希少な変異については、どうしても後回しになりがちです。企業がどこまで開発してくれるかにもかかっているとも言えます。我々医療者も医師主導治験として研究を進めています。いずれにせよ、解析技術が進んでターゲット遺伝子が明らかになるということは、創薬を促進することにつながります。
臨床試験への参加も治療選択肢の1つ
新薬開発に向けては、現在、多くの臨床試験が進められています。そして遺伝子変異の検査を経て、それぞれの臨床試験を紹介するというシステムもいくつかあります。患者さんの意思によりますが、治療の選択肢としてお考えいただければと思います。
免疫系の薬も発達しています。体を守ろうとする免疫細胞にブレーキをかけるシグナルをブロックしようという抗PD-1抗体、抗CTLA-4抗体というもので、抗がん薬として米国食品医薬品局(FDA)の承認を得ており、日本でも審査中です。
このような免疫療法薬は遺伝子異常の数が多い、分子標的治療には不向きなタイプには効きやすいという報告もあり、大いに期待するところです。
「先制医療」への期待と新たな課題
先制医療という言葉があります。発症リスクの高いゲノムの異常を検査で見つけ出して、病気を予防しようというもので、今後、盛んになる可能性があります。日本にも入ってくるでしょう。
しかし、ここには医療だけにとどまらない課題も含まれています。例えば、乳がんの発症リスクが高い場合に予防的な乳房切除をするのがよいか、ということがあります。日本の文化や価値観ではどのように受け止められるでしょうか。胃がんのリスクが高い場合に胃を切除しますか?という話にもなります。切除手術となると受ける方にもかなりな負担がかかります。
大きな病院では、遺伝カウンセラーを置いているところが増えています。近い将来に、その職種は一般の病院でも必須になってくるでしょう。遺伝子解析は医療をよい方向に変えつつありますが、それに伴ういろいろな課題を組織的に解決していく仕組みの整備も重要です。