KRASからRAS遺伝子検査へ 大腸がんの個別化医療の最前線
RAS野生型では生存期間がさらに延長
7つの臨床試験のうち、代表的な臨床試験の1つ、PRIME試験を見てみよう。
PRIME試験はKRAS エクソン2野生型の切除不能進行・再発大腸がん患者に対する1次治療(最初の治療)として、*FOLFOX療法にベクティビックスを併用し、その効果を検討した試験。2013年6月のASCO(米国臨床腫瘍学会)では、この試験の全生存期間(OS)についてのアップデート解析が発表された。
言い換えれば、臨床試験がいったん終了したあとの追跡調査の解析だが、KRAS エクソン2野生型の患者で見た場合、全生存期間中央値はFOLFOX群19.4カ月に対し、ベクティビックス併用群は23.8カ月と、約4カ月の延長が認められた(図2)。
さらにそれを、KRAS エクソン2以外のRAS遺伝子の変異についても解析。すると、RAS遺伝子野生型の患者では、全生存期間中央値がFOLFOX群20.2カ月に対し、ベクティビックス併用群は26.0カ月で、約6カ月とより大きな延長効果を示すことが明らかになった(図3)。
また、KRAS エクソン2に変異のない野生型で、他のRAS遺伝子に変異がある患者では、ベクティビックス併用により、生存期間は不良な傾向にあることがわかっており、これらの結果から、RAS遺伝子に何らかの変異がある患者では、KRAS エクソン2変異型と同様、ベクティビックスの効果が期待できないと考えられている。
なお、RAS遺伝子が変異している人の割合についてもいくつかの臨床試験で報告されており、KRAS エクソン2が変異していない野生型患者の中に、KRAS エクソン3、4、およびNRAS エクソン2、3、4が変異している患者が17%いることが明らかになった。これは切除不能進行・再発大腸がん患者の約10%にも当たるという。
(全生存期間:OS)

Society of Clinical Oncology®: abst #3620
(全生存期間:OS)

Society of Clinical Oncology®: abst #3511
*FOLFOX療法=5-FU(一般名フルオロウラシル)+ロイコボリン(一般名ホリナートカルシウム)+エルプラット(一般名オキサリプラチン)
多数の遺伝子変異を調べるマルチプレックスの時代へ
では、次々増えてくるこれらの遺伝子変異は、どのようにして調べるのだろうか。吉野さんは日本でアービタックスが承認された直後から、KRAS遺伝子検査の重要性を行政に説き、2010年の保険承認への道を開いた医師。
2008年にアービタックスが承認された際、KRAS遺伝子検査の有用性が広く浸透されておらず、遺伝子検査に関しては保険承認されないまま、薬剤のみが承認されてしまった。
しかし、40%という無視できない変異があるのに、検査をしないわけにはいかない。そこで吉野さんは、行政にかけあって「先進医療」としてまずは認めてもらい、データを集積して保険承認に持ち込んだ。以来、日本国内ではダイレクトシークエンス法、PCR-rSSO法、スコーピオン・アームズ法、F-PHFA法など、複数の検査方法で検査が行われている。
「検査方法が1つしかないと、何かあってできなくなってしまったとき、検査手段がなくなってしまいますから、複数あったほうが良いです。しかし、今後は調べる遺伝子が増えるたびに検査を増やすわけにはいきません。そこで私たちのところで開発したのは、マルチプレックス(多重化)検査キットです。欧州ではすでにCEマークを取得、「ラスケット」という名前で発売されています。このキットの上に50ngのDNAを流すと、測定したい遺伝子を全部測ってくれる。時間は4時間とかからず、1回の検査コストも1万円程度、測定限界感度も1%と高感度。さらに、測定者によるばらつきがなく、解析ソフトもついて、結果の判断も人間がする必要がなく、自動で行われます」
なお、昨年9月より「ラスケット」の精度を調べる臨床性能試験を開始し、良好な結果が得られたため、すでに承認申請を行っているとのこと。吉野さんは、「年末までには承認されるのではと考えています」と話している。
RAS検査の保険適用を働きかけ
現時点で、KRAS遺伝子検査は保険適用になってはいるものの、RAS遺伝子検査は適用になっていない。そのため冒頭紹介したRAS遺伝子変異測定ガイダンスでは、承認に向けて、早急な対応が必要と指摘、厚生労働省に働きかけをしている。さらに、アービタックス、ベクティビックスの添付文書にも、投与条件としてRAS遺伝子変異の記載はなく、添付文書改訂も今後の課題の1つと言えるだろう。
現在、大腸がん治療においてはBRAFと呼ばれる遺伝子の変異も効果予測因子として重要と考えられており、今後ますます個別化医療が進むことは間違いない。必要な患者のみに必要な薬剤が投与される時代は、確実に近づいていると言えるだろう。