在宅で緩和ケアを受けるという選択

監修●木俣有美子 わたクリニック副院長
取材・文●菊池亜希子
発行:2017年11月
更新:2017年11月


究極の選択、そして救い

訪問頻度は、患者の病状で変わってくる。月に1度のこともあれば、週に1度、切迫しているときは毎日という場合もある。決まった訪問日時以外でも、急変の場合は電話をしたら駆けつけてくれる。「○曜日」と決めていても、気になる症状があったら数日後に顔を出したり、緊急時に担当医が不在の場合などはクリニックの別の医師が見に行くこともあるそうだ。

在宅ケアの場合、医師は、その患者のためだけにそこにいる。だから、患者はつらいことも悩みも話しやすい。患者本人だけでなく、家族とも訪問のたびに会って言葉を交わすそうだ。

「家族がどんな表情をしているか、どんなふうに患者さんを看ているかを知ることができるのも在宅の利点です」

木俣さんも、様々な相談を患者から受ける。がん治療をこのまま続けるかどうかの選択を主治医に迫られた患者が、自身で答えを出せなくて相談されたこともあったという。何種類もの治療をしてきたが芳しい結果が出なかった。もしこの先も治療を続けるならば、かなりの副作用を覚悟しなければならない、かつ、いい結果に繋がる保証もない、という状況で答えを出さねばならず、悩んでいたそうだ。

「50代女性で当時は体力もあってお元気だったので、私は『副作用はあるだろうけど、治療を続けたくない理由がないのならば、続けることを選んでもいいと思いますよ。副作用については私がお手伝いしますから』と伝えました」

究極の選択だ。命を繋ぐわずかな望みにかけて治療を続けるか、治療を止めて元気なうちにやりたいことをするか。こういう選択は本人の希望が何より優先される。もし、どうしても行きたい場所があるなど、したいことがあるならば、治療を止めて体力温存する方向にシフトするのも1つの選択。がん治療をしないことで不安が強まるぐらいなら治療を続けていくという選択。けれどこの場合、「副作用が出たら助けてくれる」という救いがあった。この患者は、治療を続けるほうを選んだという。(図2)

最後をどこで過ごすか

緩和ケアにおいては、「最後をどこで過ごすか」という問題が出てくることが多い。自宅でできるだけ家族と過ごすという選択、何かあったら病院に入るという選択があって、病院を希望する場合は、がん治療を受けていた病院に戻りたいのか、それとも緩和ケア病棟に入りたいのか、という選択もある。木俣さんの経験では、圧倒的に自宅を選ぶ人が多いそうだ。ある程度の時間を在宅で過ごし、家での生活の仕方がわ���ってくると「たとえ症状が進んでも、家で過ごせる」と思えてくるのだそうだ。(図3)

「緩和ケア病棟に入るつもりだったけどキャンセルした、という人もかなりいました」

一方、家族からの相談で一番多いのが「今後、もっと症状が進んだとき、このまま看ていけるだろうか」という悩み。がん患者は高齢者が多く、看ている配偶者も高齢のケースが多い。家族の体力が持つかどうかも不安の種だ。結論からいうと「大丈夫」なのだそうだ。

「ご家族に無理のない範囲でいきましょう。在宅でいきたいなら全力でサポートします。でも、ご家族が無理だと思ったり、患者さん本人が病院に入りたいと思うときがきたら、病院を探すお手伝いをしますから言ってください」と木俣さん。

実は、わたクリニックは、独居の患者も診ており、たくさん看取ってきた。状況に応じて、介護サービスを最大限に活用しながら、本人の希望であれば、独居でも在宅で看取れるそうだ。

「〝死〟を目前にしたとき、一緒にいるご家族が納得して受け入れることができるか、が大切だと思います。患者さんが亡くなるとき、これもあれもやってあげればよかった……と心残りを残さず、ご本人はもちろん、家族も、できることをして、よく頑張ってこれたね、いい人生だったよね、と思えるようにサポートしていきたいのです」

何度も〝看取り〟の場面に立ち会ってきた木俣さんだが、患者が苦しんで亡くなる、ということはほとんどなかったそうだ。苦しまず、体も心もゆったりした最後を過ごす。そんな時間になるよう導き、見守ってくれていることこそが、在宅緩和ケアの究極の姿かもしれない。思えば、今年(2017年)6月に亡くなったキャスターの小林麻央さんも、最後は自宅で過ごされていた。患者ではなく、母として、女性として、1人の人間として、麻央さんの日常を過ごしたに違いない。

「家には、家族がいて、日常があるから、たとえ具合が悪くても、子どもの声が聞こえただけで元気が出たり、暮らしのふとしたことに目を向けられるようになって、病気のことを忘れている瞬間があるのですね。自分の生活を取り戻せるのは、やっぱり家なのだと思います」

木俣さんは、そう締めくくった。

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